第九話 後継

「みなさん! でっかい歯狂魔ハグルマが現れました、すぐに避難してください!」


 石炭を積んだトロッコは汽車よりも速く走る。火花を散らしながら直線を、曲線を駆け、入口へと向かう。


「みなさ……ごほっ、けほっ。わたしの声がツルハシの音で聞こえないんですか……!」


 その上でダリアは呼びかけるも、動こうとする者は少ない。ひたすらにツルハシを振るう音しか聞こえない。


「たぶん、あいつらウソだと思ってんだろうな」

「独り占めされるってな。オレたちみたいに実物を見なきゃ信じねえさ」

「騙されたらよ、そりゃ発破したくなるんだろうな、ガハハ!」


 トロッコを押す3人の意見は一致している。それでも声をかけ続けるも、やはり動かない。生死を左右させるその忠告は、坑道に虚しくこだました。


「そこまでして命を懸けるのは……」


「嬢ちゃんもわかってんじゃねえのか? みんな欲しがってんだよ、オレだってな」


「わ、わたしはまだ――」


 突然、強い揺れが起こった。トロッコだけではない、炭坑全体が揺れていた。頭上に砂が降りかかる。


「ファイス様が言ってた地震か!?」

「こりゃ急がないとな!」

「発破しやがったか!? ガハハ!」


「……嫌な予感が」


 その予感は無情にも的中した。至るところで反響しながら轟音が鳴り響く。落盤だ。


「ああっ、どうしてこんな……。ミキさんは無事でしょうか……」





「おいおい、ヤベーなコイツ! カッコつけて名乗るんじゃなかったかな」


 ミキと使徒ガルディアが向かい討つ機穿土竜マオルマキナは敵意を露わすがしかし、その前脚で足踏みをするだけだった。攻撃するにはそれだけでよかったのだ。


「8区で暴れたのに飽き足らず、坑内の地震まで起こすんだからな。おっと、落盤にご用心だ!」


 ガルディアの言う途中で、ミキは得物の『骨』を前脚に投擲した。降りかかる落石を潜り抜け、ウロコを貫通し突き刺さるが、それでも足踏みをやめない。


「こりゃ炭坑ごと潰す気だな。さっ、どうするね?」


 ニヤリと笑うガルディアの表情を尻目に、ミキは右手の掌底に収納されているワイヤーを伸ばし、突き刺さった骨に絡めて跳ぶ。


「な、なんだそりゃ!?」


 驚いているのを無視し、機穿土竜マオルマキナに肉薄する。足踏みを止めた隙に骨を抜き、赤く光る目を突く。眼球は割れ、縦長の瞳孔は貫かれた。再びの咆哮は、悲鳴にも怨嗟の声にも聞こえる。


「お前、そんなんあったのか!? どこで?」


「やかましい。散々話をボカすクセして、教えるワケがないだろう」


「けっこう根に持つタイプだな!」


 軽口を叩く傍ら、ガルディアももう片方の目を得物の骨で貫いていた。コイツもコイツで、油断も隙も無いな。


「これで楽になるとは思えんが……」


 目が見えていようが足踏みをしていたのだから、同じコトをしてきそうだ。思った通り、また前脚を上げる。すかさず足元に骨を硬い地面に突き刺せば、自ずとダメージは入る。


「やっぱお前、勝負強いわな」


「知った口を叩くな。とっとと戦え」


「ははあ、厳しいねえ」


 ガルディアも笑いながら、もう片方の前脚に骨を刺した。


「順調、順調。憲兵たちじゃこうはいかんだろうな。コイツもおれたちには敵わんと思ってるだろうよ」


 だからこそ、できるコトもあるだろう。前脚を貫いた骨を地面から抜いて考える。勝てないと悟り、追い詰められた行動は恐ろしいものがある。なまじ強ければ尚更だ。


「ん……? おっと、こりゃお前でもヤバいぞ。離れろ!」


 満身創痍の機穿土竜マオルマキナは最後の力を振り絞るように背面の歯車を回し、人を軽く飛ばせるような圧力の蒸気を吹き出した。


 すぐにかわしたが、恐らく攻撃手段ではない。その音で耳を、その蒸気で視界を遮られる。なにをするか感覚だけで注視しなければ。


「――ガー、後ろだッ!」


 ガルディアの声がかすかに聞こえた。振り返ると、大きな影がくっきりと見えた。死なば諸共、という魂胆らしい。


「芸のないヤツだ」


 後脚でその巨体を持ち上げた機穿土竜マオルマキナは押し潰そうとしてくる。機工家守ギアルジェコを倒したときのように骨を地面に突き立て、のしかかりをかわす。が、これで攻撃は終わらない。その先が狙いなのだろう。


 足踏みよりも激しい、立っていられないほどの衝撃が炭坑を包む。天井の岩は降り注ぎ、なだれ込み、すべてを押しつぶす勢いだ。なんとか立ち上がり、動かなくなった機穿土竜マオルマキナを蹴飛ばし、骨を腕に戻した。


「無事でいてくれ、ダリア」


 倒れたにもかかわらず未だ続く揺れに堪えながら、来た道を戻ろうとする。しかし、頭に大きな衝撃がきた。落石ではない、これは――


「……騙して悪いが、これも仕事なんでね。なんてな」


 ガルディアの一撃だった。鉄よりも硬い骨で殴られたようだった。


「なんのマネだ……」


「これがおれの役割だからな」


「ワケのわからないコトを……。ダリアを、俺には帰る場所がある」


「お嬢さんのコトは心配しなさんな、ファイスがなんとかする。だからよく聞け、お前の帰る場所は――」





 ミキが機穿土竜マオルマキナにトドメを刺そうとしている頃、ダリアはトロッコに揺られていた。


「やっと入口が見えてきましたっ!」


「もう一息だぜ!」

「気ィ抜くなよ、嬢ちゃん!」

「――おい!」


 いきなりだった。比べものにならない強い揺れが襲い、トロッコは脱輪。ダリアは走る勢いそのままに放り出された。


「危ねえ!」


 前方に投げだされたダリアを受け止めたのは、異変をすぐに感じ逃げていたゲゲルだった。


「せっかくの石炭が全部こぼれちまったなあ」


「ゲゲルさん、ありがとうございます……」


「カネになんねーコト言われても、うれしくねーや! もう出口はそこだ、とっとと出るぜ!」


 ゲゲルは背中を丸めてかばうようにダリアを抱えて走りだすも、すぐ後ろで崩落する音が響く。


「いや危ねえな、マジに!」


「待って、待ってください! 押してた人たちを!」


「ダメだ、見るな、気にすんなッ! ありゃもうダメだ!」


 轟音響く中、かすかに声が聞こえる。前向きで、安心感すら覚える乱暴な声。


「行け行け! とっとと出ろー!」

「そうだ、前を向いて……!」

「生きなきゃ発破しちまうぞ、ガハハ――」


 また落盤すると、声は届かなくなった。


「そんな……こんなコトって!」


「気に病むな。死ぬの承知で来てたんだ、アイツらだって満足してるに決まってる。オレ様だってこうすれば、な!」


 ゲゲルは揺れが激しくこれ以上は走れないと感じ、ダリアを出口に向けて放り投げた。マスクも身体も無事ではあるが――


「どうして!?」


「オレ様も同じ穴のナントカってヤツだな!」


 前のめりに倒れ、豪快に笑いながらゲゲルは言う。脱出を諦めていた、そのときだった。ゲゲルの頭上で銀色が閃く。


「早くお行きなさい」


「ファイス様!?」


「出口もいよいよ危うい。さあ、早く!」


 そう言ってから、ファイスは杖だったモノを握りしめて奥へと走り去った。揺れをものともせず、落石の下に滴る血だまりを踏みしめて。


「……ダセえな、クソったれ」


 ゲゲルは四つん這いになりながらも、崩れゆく炭坑から脱出した。


「あーあ。死に損なったか」


「ゲゲルさん、無事でよかった!」


「いいモンかよ。ところでアイツはまだ奥にいるんだろ」


「そ、そうです! ミキさん、見てないですか、まだ来ないんですか!?」


「近づくな! 崩れるぞ!」


「そんな、ミキさん……。絶対に帰ってきてくださいッ、ミキさんッ!」


 ダリアは慟哭した。





「……ワケのわからないコトを言うな。今、ダリアが泣いている。俺は帰らなければならない」


 その心からの叫びは、ミキに届いていた。ふらつきながらもようやく立ち上がり、鋭く睨みつける。


「まず無事なのか確認したいだけだ。邪魔立てするなら直ちに殺す」


「おれは恐怖を感じているよ。……いやマジに。わりとマジでぶん殴ったのにさ。やっぱふたり掛かりじゃないと歯が立たないか、なあファイス」


 ガルディアは同意を求めると、それに応えるように爆発音がした。黒煙と土煙の中から、炭坑の前でなにか喋っていた使徒の女が現れた。


「崩れ落ちる前に、コイツを持っていくぞ」


「あたしに命令しないでくれない? どうしてか、かなりムカつくの」


「は? おれがキレそうなんだが? なんだよいきなりその態度は」


「入口で茶化してたでしょ? マジムカつくんだよね、そういうの」


「同僚としてのコミュニケーションを? 仕事は楽しいほうがいいだろ」


「それがムカつくって言ってんの! このバカ!」


「情緒こっわ」


 言い争いながらも、こちらに近づいてくる。この使徒は入口付近にいたはずだ、ダリアの安否を知りたい。


「おい、ダリアは無事なのか」


「あの女の子ね。ええ、ケガもないわ。ただ、心のほうはわからないけれど……」


「……そうか」


 ひとまず無事なのを聞くと、力がスッと抜けた。膝から崩れ落ちると、抵抗すらできないまま両脇から抱えられた。


「仲が良いのね。でも、それは困るわ。思い出してファルガー。あたしとあなたは恋人同士だったじゃないの」


 ファルガー? 恋人? 


 ワケのわからないコトを言われているが、反論する気力も起きない。帰らなければならないのに。


「ファイス、いっぺんに話すと混乱するだろ。おれが話をつける」


「出しゃばりね」


 身体に力が入らない。意識も薄れていく。だが、ふたりの話だけは耳に残り、なにもできない無力さを味わう。


「お前はファルガーという名の使徒だ。その役割は――」


「言ってはいけないんじゃ?」


「どうせ記憶処理するんだしさ、いいだろ」


 そんなコトは察していた。ラーディクスも使徒も関係ない、ただダリアを守り、傍にいたいだけだ。


 疲れからかダメージの蓄積からか、意識が途切れる。だがその言葉ははっきりと聞こえた。そして否定したい。俺の役割はそんなモノじゃない、と。


「聞いているか、ファルガー。お前の役割は……『神の後継』なんだよ」

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