第八話 発掘

 線路が敷かれた一本道をひたすら歩く。周囲に砕けた瓦礫とガラスが散らばったその先を進んでいくと、そびえ立つ壁を穿つ巨大な横穴が見えた。それは人が多く群がっていても、よく目立つ。


「よくぞ集まったな、死に急ぐ命知らず共。この穴から生きて帰ってきたなら、目一杯のカネと歓迎しよう!」


 横穴の前に立つ男が言うと、集まった人々は沸いた。妙な盛り上がりを無視しつつ、ミキはダリアの話を聞いた。


「ここは見ての通り、壁に穴を開けてどんどん掘り進んでできた炭坑なんです。ホントにおじいちゃんの言ってた通りですね」


「なるほど。たしかに壁の向こうは土しかないようだな」


 壁を見上げても、近くの煙突から絶えず吐き出される黒煙で頂点は見えず、どれだけ高いのかも計り知れない。


 これが人間に建てられるものなのか。できるとしたら、まさに神の御業ではないか。


「神、か」


 いや、さっき出会ったボロボロ服の使徒が言うように、もしも神がいたならば、あるいは――


「おうおう、ボーっと上を見つめるアホ発見〜っ」


 背後から聞いたコトがある粗暴な声がした。


「あっ、ゲゲルさん、奇遇ですね。おはようごさいます」


「おはようじゃないんだよ。ダリアよう、オメーどうしてこんなトコにいるんだあ? わかってるだろ、煙突掃除人は数が少ないんだぜ?」


「えー? いや、お金が……。ゲゲルさんこそ、どうしてここに?」


「オレ様は区長になるべく稼ぎまくるのさ。こんなトコ来ちまって、オメーはぬくぬく煙突掃除してりゃいいのによ」


「煙突掃除も苦労するんですよ……」


 面倒なコトになりそうだ。ここは盾になったほうがいいかもしれない。


「俺が連れてきた」


「わたしをかばわなくても……!」


「またか! なんなんだよオメーは! どうして連れて来やがった!」


 ゲゲルは突然怒り、胸倉を掴んできた。だがこうして言葉を荒げるのは、大事に思っている証左ではないのか。ならば、事を荒げたくはない。


 というコトは、あの煙突掃除で、比較的安全な仕事なのか。……信じがたい話だ。


「すまない。二度としない」


「ケッ! オレ様なんぞ屁でもねえクセしてすぐ謝りやがって、やっぱオメーは気に食わねえ!」


 投げ捨てるように手を離し、横穴のほうへと去っていった。


「ミキさん、ごめんなさい。でも気を悪くしないでください。ゲゲルさんはああ見えていい人なんです」


「ああ。そのようだな」


 周囲はいつの間にか静まっていた。なにかに注目するように、または必聴するように釘付けになっている。やがて横穴の前に立つ男が言う。


「それではみんなお待ちかね、ここで登場してもらうぜ、我らが使徒、ファイス様!」


「使徒?」


 ミキは思わず声のほうを向いた。その背筋が真っ直ぐだが、しかし杖をつき、ナセマと同じような『アリアの木』の意匠が施されたマントをしている。


 見た感じでは、足腰は悪くなさそうだ。うるさい使徒同様、あの杖が暗器なのは想像に難くない。


「ご紹介に預かりました、ファイスと申します」


 例えようがない透き通った女の声だった。周囲から喝采が上がる。


「大嫌いな使徒でも、ファイス様だけは別だぜ!」


「ファイス様、大好きだあ〜ッ!」


「ファイスーっ、こっち向いてー!」


 この中から使徒ガルディアの声が聞こえた気がした。周りと同じ対応服を着ているだけに、楽しんでいるのだろうか。


「ここから先は危険な坑道。地震が頻発し、歯狂魔ハグルマの出没もあると言います。しかし、貴方たちならば生きて帰り、栄光を掴めるでしょう。武運を祈ります」


 ファイスは一礼すると、またもや大喝采。栄光という漠然とした言葉で煽られた人々は、我先にとツルハシを手に炭坑へと入っていった。


「……みんな、そんなに飢えてるんですかね。ところで、ミキさんはどうしてここに?」


 ミキはダリアに欲しがっていた銀のスプーンを贈るため、とは言えなかった。驚かせたいという思いがあった。


「ナイショだ」


「あっ、まさか1区で遊ぶお金が欲しいんですか!」


「それは違う」


「あれ? 他になにかありますかね。ミキさんグルメでもないですし。ねねっ、教えてくださいよっ」


「生きて帰ればわかる」


「んもーっ、素直じゃないですねー。他のみんなも入っていったワケですし、張り切って行きましょうか!」


 ミキとダリアはツルハシを担ぎ、横穴に入る。整地された壁にくくられているロウソクに照らされて、思いのほか明るい。外からでも見えた線路は奥まで続いている。


「この線路は石炭を運ぶトロッコのやつですかね? 躓かないようにしないといけませんね、ミキさん足回りが怪しいですからっ」


「あのとき屋根から落ちたのはわざとじゃない」


「ふふっ、冗談ですよ。迷ったときはこれを頼りにすればいいですね」


「おい、ヘラヘラしてんじゃねーぞ! テメーらが最後か!」


 入口でなにか喋っていた男が後ろから言う。ミキは頷いた。


「ようし、この懐中時計を見ろ!」


 男はコートの胸ポケットからひし形のものを出して、フタを開いた。それぞれの頂点に0、6、12、18と右回りに書かれてある。


「現時刻は6時だが、これが18時になるまで戻ってくるな、以上!」


 相手に言いたいコトばかり言わせるワケにはいかない。


「おい待て、以上じゃない。このダリアの給料はいらないから、いつでも戻れるようにしておけ。いいな?」


 聞かないならば、実力行使でわからせるしかないが。


「何様だテメーは。この8区区長に命令をするのか? 例外はないぞ!」


「そうか」


 ミキは落ちていたレンガを拾い上げ、握力で砕いて見せた。


「おまえの顔面がこうなるぞ」


「……い、いいだろう。この8区区長は慈悲深いのでな、許可してやる。さあ行け!」


「助かる」


「や、やりすぎですよ。わたしだけ特別扱いみたいで、なんか悪い気がしますが……」


「気にするコトはない。報酬は貰えないぶん、これくらい妥当だ」


 土壁にツルハシを振るう軽快な音だけが響くだけで、大勢いた人間の姿が見えない。これだけでこの炭坑の規模が窺い知れる。ミキとダリアは互いにはぐれないよう手を繋ぎ、いくつも分岐する線路のひとつを辿って奥へと進む。


「さあさあ掘り進めるぞッ!」

「稼いで1区で豪遊だ!」

「面倒くせえから発破しちまうか、ガハハ!」


 ツルハシを振るう労働者3人のかたわらのトロッコには、たくさんの黒い石炭が積まれている。


「このトロッコ、もういっぱいだから入口に戻したほうがいいですよね」


「俺が話をつけてこよう」


 ミキはツルハシを振るう手を止めさせ、掛け合った。


「そりゃいいや、すぐトロッコ空けて持ってきてくれよな!」

「だいたい戻っちゃいけねえってどういうこった! 稼げるなら文句はねえがな!」

「オレらの命なんざなんとも思ってねえんだろうな! 発破してやりてえな、ガハハ!」


 理解が得られたところで、ダリアはトロッコを押そうとする。


「ひとりで平気か?」


「はい。わたしひとりでも押していけそうです」


「脱輪には気をつけろ」


 話していると、労働者たちの驚く声が聞こえた。ふたりはそちらに向き直った。


「うお、岩盤が薄い!」

「なんもねえ空間に出ちまったぞ」

「ちぇっ、ハズレだ。やっぱ発破すりゃよかったかもな、ガハハ!」


 近づいてみると、たしかに不自然ほど暗く、広い空間だった。その中心からなにか音が聞こえる。この街で嫌というほど聞いた歯車の回る音だ。かなり大きい。


「ミキさん、あの音……。って、ちょっと!?」


 ミキはトロッコの石炭を払い除け、その中にダリアを入れた。嫌な予感がしたからだ。


「おい、兄ちゃんなにやってんでい!」

「引き返したらカネが貰えねえじゃねえか!」

「女の子とこんなトコ来やがって。発破しちまうぞ、ガハハ!」


 命あっての物種だ。がんばって石炭を積んでいた男たちには悪いが、逃げてもらおう。


「あそこに歯狂魔ハグルマがいる。俺が囮になるから、引き返せ」


 忠告すると、3人は我先にと言わんばかりにトロッコを押して引き返した。ダリアは不安定なトロッコに揺られながら叫ぶ。


「ミキさーん、必ず無事に帰ってくださいね!」


「わかっている」


 ミキはダリアの無事を祈りながら、わざと足音を立てて、ゆっくりと歯狂魔ハグルマの元へ向かう。思惑通りこちらを向いた。


 それは機工家守ギアルジェコのような四足歩行の生物だが、見た目だけでも比べものにならない凶悪さを秘めているようだった。


 強靭な前脚に光る刃物のような爪、上顎から伸びる牙、しなる尻尾、巨大な体躯を覆う黒いウロコ。今まで倒した歯狂魔ハグルマとは一線を画す威圧感を放っている。


「おう、ミキじゃん。ヤツの巣穴を掘り当てたようだな。いやお前でよかったよ、掘り当てたのが」


 聞き覚えのある声が背後からした。


「ガルディアか」


「覚えていたか。うれしいね」


 ガルディアはマスクを外してミキと並び、束ねた長い銀色の髪をなびかせ、緑色の瞳を向ける。


「お前の力、見せてもらおうか」


 ポケットからなにかを取り出し巣穴の入口へ放ると、音を立てて爆発する。岩石が落盤して退路は完全に塞がれた。


「なんのつもりだ」


「せっかく空気のいらない身体なんだ、最大限活かさねえと損だろ?」


 銀色の髪に緑色の瞳。そして、呼吸のいらない身体。特徴が全て当てはまる。もう隠す必要性はない。ミキはマスクを外した。


「俺は……そういうコトなのか?」


「おっと。まずはこいつだ。ぶっ倒したら、なんかしら教えてやれるかもしれないな。期待してるぜ?」


 歯狂魔ハグルマは背面に連なる大小の歯車を回転させ、ウロコの隙間から小さな管を剥き出しにして蒸気を吹き出し、咆哮をあげた。


「我は使徒ガルディア、炭坑に巣食うこの歯狂魔ハグルマに『機穿土竜マオルマキナ』と名付け、これを討つッ!」


 堂々と名乗り、首を捻る。すると右肩の骨が飛び出た。ツルハシを放り捨て、ミキも同じように骨を出して構える。横に並ぶガルディアは口角を上げた。


 この歯狂魔ハグルマを倒せばとガルディアは言う。察しはついてはいるが、自分のコトよりもダリアの安否が気になってしまう。とにかく、まずは目の前の大敵を倒す。これに専念しなければ。

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