平凡までの距離

小野かもめ

私は空を飛べるんだけど

今日もまた、学校で一言もしゃべらなかった。

別に無視されているわけでもないし、

傷つくことなんてないから良いんだけど。


私は今、自分の家の屋根の上にいる。

上っていっても、瓦に座っているのではない。

空中に浮いているのだ。


私は空を飛べる。

「飛ぶ」というよりも「浮かぶ」が近いかもしれない。

自分の部屋の窓から出て、屋根の上に浮かぶ程度だから。


これは小3の頃からで、親も知らない。

親はたぶん私に興味がない。


参観日は毎回来てくれるし、

卒業式では泣いてくれるし、

塾に送り迎えをしてくれるけど、


たぶん親は私に興味がないのだ。


私がすごい美人でもないし

すごく勉強が出来るわけでもないし

運動会で活躍したこともないから


たぶんどこかのタイミングで「諦めた」んだと思う。


空に浮かぶのは、実はそれほど気持ち良くない。

座椅子に座るような安定感はないし、

風を切って進むような爽快感もないから。


ただ姿勢を

「バカみたいじゃない」

ように保つのが精一杯でけっこう必死。


だけど眺めは良い。

昼間はあまり浮かばないけど

天気の良い日なんかは

すごく遠くまでよく見えて、ちょっと感動する。


夜は家々の電気の光が届かないぶん、星の光が強い。

「宇宙」って感じがする。


そして何より、

この風景を「私だけが見れる」っていうのが良い。


さて、今日空に浮くのはこのくらいにしておこう。

親が寝る時間だから、万が一見つかると面倒だし。

私は部屋の窓から室内へ入った。


ベッドに横になり、天井を見つめながら、

このまま大人になったら、どうすれば良いんだろう?

そんなことをぼんやり考える。


平凡な人生はまず確定しているとしても、

それでもそこそこ頑張る必要があるよね。

大学もまぁまぁな所へ行って、

就職活動とかもして。


さらに恋愛して、結婚までもちこんで、

子ども産んで、子どもを育てるのか…


でも私、友達もいないのに

そんなこと出来るのかな?


平凡って、「誰でもできる」ってことじゃない。

「平均的に何でもできなきゃダメ」ってことなんだ。


そう考えたところで、少し絶望した。

ただ息をして、ご飯を食べて、寝ているだけじゃダメなんだね。

ただ生きている人は「平凡なやつ」じゃなくて

「ダメなやつ」なのか…。


目を閉じて真暗な中で、

私は自分に足らないものを数えながら眠った。


翌朝もアラームで普通に起きた。

親は忙しそうに出かける準備をしている。

私は「おはよう」と声をかけた。

親は「うん」と言っただけだった。


うるさい朝のテレビの音に負けないように

私は大きな声で言った。

「ねぇ、私が空を飛べるって言ったら、どうする?」


私の声に驚いた親は、珍しく私の顔を見つめた。

そしてゆっくりと笑い

「なにそれ」

とだけ言って、スマホを充電器から抜いた。


もう私の方は見ない。

私は何も言わず、家を出た。


のろのろと歩く私を

ランドセルを揺らしながら走る小学生たちが追い越していった。


あの子たちに

「私空を飛べるんだよ」って言ったら

少しは驚いてくれるかな?

少しは私に興味を持ってくれるかな?

「すごいね!」って言ってくれるかな。


晴れ渡る空を見ながら、私は考えていた。














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平凡までの距離 小野かもめ @m-ono

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