第637話 長い一日



「そんじゃあ師匠、オレオレたち行くよ」


「おー、忙しないのお」


 この場所でのやることも終わり、私たちは戻ることにした。

 今気づいたけど、この空間内では時間の流れがわからないようだ。だって空が青いままだもん。


 もしかして、この空間の中では、外と時間の流れが違うのではないのだろうか。

 そんな予想を立てて、ジルさんに聞いてみたところ……


「いや、ただ空模様が変わらんようにしているだけじゃよ」


 と言われてしまった。

 時間の流れに合わせて、空模様は変化しない。それって時間が計りにくくないかと思ったけど、効かないことにしておいた。


 ただ、空模様を一定に固定したままなんて、さらっととんでもないことをしているな……とは思った。


「この度は、決闘の舞台を用意してくれてありがとうございました」


「ええよええよ。わしとしても、若い子と過ごせて楽しかったしのー」


「師匠師匠、オレオレがいるよ」


 ナタリアちゃんが、丁寧にお礼を言っている。その後ろで、クレアちゃんとルリーちゃんも、ぺこりと頭を下げる。

 つかみどころがないけど、気さくな人だったなー。


 ジルさんは普段はこの空間の中で暮らしているらしいけど、なにもずっと居るわけではない。

 時には外に出たりするし、なんなら別の国に行ったりもするらしい。


 結構アグレッシブな人だなぁ。


「まー、またいつでも来ればええよ。歓迎するぞい」


「はい。それじゃ」


 それぞれお礼を告げてから、ウーラスト先生に着いていく。

 ジルさんの見送りを受けながら、先生に着いていった先にあったのは……例の扉だ。


 なにもない場所にぽつんと立っている。

 裏まで回ってみても、なにもない。だけど、扉をくぐれば全く別の場所にたどり着くのだ。


 不思議だなぁ。


「……これ、いったいどうなってるのかしら」


「お、気になる? 気になる?」


「まあ、はい」


 私と同じ疑問を持ったのか、クレアちゃんが首をかしげていた。

 それを見て、ウーラスト先生がなぜか嬉しそうに語りかける。


「ま、オレオレも詳しいことは知らないんだけどねー。その扉を潜れば、遠く離れたところに行けるって代物だってこと以外は」


 だけど、あんまり知らないらしい。というか、見たまま以上の情報を持っていない。

 少しイラっとしてしまったのは、内緒だ。


 不思議な扉に興味を惹かれつつ、私たちは扉を潜る。

 この扉のこと、ジルさんにもっと聞いておくんだったな。


「……わぁ」


 扉を潜った先に広がっていたのは、森の中だ。

 この場所に来る前に通った、ベルザ国近くの森の中。


 戻ってきたんだ……とわかった。

 そういえば、あっちに行くときは扉を潜らず、いきなり景色が変わったけど……


結界べつくうかんから出る時は、扉を潜る必要があるんだ」


「なるほど」


 ただ行って帰って……ってわけじゃあないんだな。

 ……ん? ということは、扉を見つけられなかったならずっとあの空間から抜け出せないと言うことになるのだろうか?


 もしかして、なにかの間違いで誰かが入ってきても……勝手に出ていけないような、そんなことを考えているのだろうか。


「……もう夕方、か」


 空を見ると、少しオレンジ色になっていた。

 決闘の時間は、お昼より前だった。で、今夕方ってことは……結構、あの空間の中にいたみたいだな。


 それに、あの空間の中では空模様が変わらない、というのも本当みたいだ。


「どうする? 学園に戻る? それとも……」


「……実家に、母さんの所に行くわ」


 これからどうするか……それを聞いて、クレアちゃんは答えた。

 学園に戻るのではなく。タリアさんのいる実家に戻るのだと。


「サリアとか、いろいろと……謝りたいし、お礼も言いたい。

 でもまずは、母さんに……迷惑かけてごめんって、言いに行くわ」


「……そっか」


「私は大丈夫だって、伝えに行く。さすがにこの体のことや、友達にダークエルフがいるなんて話せないけどね」


「す、すみません……」


 クレアちゃんはまず、一番迷惑をかけてしまったタリアさんへ、事情を説明しに行くみたいだ。

 もちろん、なにもかもを話せるわけではないけど。

 それでも、ずっと連絡の取れなかった娘の無事は確認したいはずだ。


 同じく、ルームメイトのサリアちゃんにも同じくらい感謝の念を抱いている。

 彼女は詳しい事情も知らないのに、ずっとクレアちゃんを気にかけてくれていたもんな。


「私、着いていこうか?」


「わ、私も……」


「ううん……自分だけで、行く」


 森から出て、ベルザ国へと入る。

 それからクレアちゃんは、実家へと向けて歩き出していった。


 その背中を見ていると、もう心配はないように思えた。


「私たちは、学園に戻ろっか」


「そうですね」


 クレアちゃんを見送り、私たちは学園へと戻るため歩き出す。

 そういえば、結局学園はいつ再開するんだろうか。


 街を見ていると、所々復興作業はしている。だけど、みんなの頑張りの甲斐あってか今はそれほどひどくは見えない。

 この分なら、学園再開も遠くないのではないのだろうか。


「先生、学園はいつ再開するんですか?」


「みんなみんな頑張ってるからねー、そう遠くないうちに再開できると思うよ」


 先生の回答も、これだものな。

 まあ、私たちはただ座して待つのみ……なんつってね。


 そんなこんなで、あっという間に学園へと到着した。

 今日はまだ終わっていないのに、なんだか長い一日だったなぁ。

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