第636話 貴重な体験



「はぁ、ふぅ……す、すみません、落ち着きました」


「本当に?」


 涙を拭うルリーちゃんは、その目を真っ赤に腫らしてもう大丈夫だと言う。

 その言葉とは裏腹に、ハンカチを未だ濡らしまくっているんだけど……大丈夫だろうか。


「それで……クレアちゃん的には、どうなのかな」


「なにが」


「その……ルリーちゃんはこの国から出て行った方がいいと思う?」


「……」


 聞きにくいことではあったけど、このまま聞かないわけにもいかない。

 そのため、覚悟して聞いたんだけど……


 なぜだかクレアちゃんから、じぃっと見られてしまう。

 な、なんだようその目は。まるで『なに言ってんだこいつ』みたいな目じゃないか。


「なに言ってるのよあんたは」


 実際に言われてしまった。


「別に……いいわよ、それはもう」


 ぷいっと顔をそらして、そのことはもういいとクレアちゃんは言う。

 そのほっぺが若干赤い気がするのは、気のせいだろうか。


 ともかく、クレアちゃんがもういいと言っているのだから……これ以上突っ込むのは、やめておいたほうがいいかな。


「……この子がダークエルフだと、あの場では私以外にはバレていないとは思う。でも、もしバレたら……どうなるかは、身に染みてわかったんじゃない?」


「それは……そうだね」


 魔導大会の、あの場所で。ルリーちゃんがダークエルフであるとバレてしまった相手は、恐らくクレアちゃんだけ。

 ルリーちゃんは会場に立っていたとはいえ、周りは魔物の発生で他に気を向ける状況じゃなかったはずだ。


 なので、あの場でバレたのはクレアちゃんだけ。まだ、このまま隠し通せる。

 でも、もしも他の人にバレたら、どうなるか……それは、身をもって思い知った。


 あんなに仲の良かったクレアちゃんとさえ、あんなにこじれてしまったのだから。


「ま、私の場合は勝手に体をいじられたのもあるけどね」


「う……」


 クレアちゃんの場合、一度死んだ身で生き返った。闇の魔術で。

 そのことがまた、事態をややこしくしてしまったわけで。


 ただ……自分からその話を持ち出したわりには、どこか落ち着いて見える。

 やっぱり、さっきのやり取りで少しは心の整理が、ついたのだろうか。


「そういえば……この体になったせいか、妙にあんたの気配を感じるんだけど、これってそういうもんなの?」


 ふと、クレアちゃんがルリーちゃんに問い掛ける。

 妙にルリーちゃんの気配を感じる、とは……あぁ、そういえば。


 確かに決闘中、クレアちゃんがルリーちゃんの動きを先読みしているような場面があったなぁ。

 それは、こういう意味だったのか。


「そ、そうなんですか? 私にはよく、わかりませんが……」


「闇の魔術で生き返ったお主と、闇の魔術で生き返らせたお主との間で、なにか繋がりのようなものができたのかもしれんのう」


 ルリーちゃん本人もわからない中で、別の声が割り込んでくる。ジルさんのものだ。

 彼は、大まかだけど事情を把握している。


 それにしたって、やたらと確信めいたことを言うんだな。私たちにはわからない、闇の魔術のことなのに。

 ただ、どこか納得できるところもある。


 たとえば、使い魔と術者。両者の間では、契約の繋がりができている。

 術者は使い魔の場所がわかるし、視界を共有することだってできる。

 どちらも全然違うものとは言え……繋がり、というものがあるという意味では、似たところがあるのかもしれない。


「繋がりねぇ……」


「ご、ごめんなさい」


「なにも言ってないでしょうが」


 まあ、繋がりとは言っても使い魔に対するものとは違って、お互いそう言う意識はなさそうだし……多分、それほど精度も高くない。

 あくまで、ぼんやりと、だろう。


「おっとおっとっと。話はまとまったかな?」


「先生」


 そこに、タイミングを計ったかのようにウーラスト先生が戻ってくる。

 散歩に行くって言ってたけど……なんか手にたくさんの木の実持ってるんだけど。


「いやあしっかし、師匠もすごいこと考えるね。作った別空間で食物の栽培とか」


「一人だと暇だからのお」


 なんかすごい会話してる……魔導の話なら混ざりたいけど、空間がどうとか私にはまだ早すぎる気がする。


 ただ……ジルさんの存在は、私にとって頑張ろうと思えるものだった。

 私の周りのすごい人は、師匠やウーラスト先生とエルフが多い。だから、人族じゃ限界があるのかななんて思っていたんだけど……


 ジルさんは人だけど、すごい力を持っている。私も頑張れば、あれくらいになれるはずだ!


「さすがはエルフのウーラスト先生が慕うだけある……か」


「ん? オレオレのこと? なになに?」


「なんでもないです」


 私としては、ジルさんにいろいろ教わりたいなって気持ちもあるけど……

 ここに来たのはクレアちゃんとルリーちゃんの決闘、二人のいざこざをどうにかするためだ。


 それが解決できた以上、ここに長居する必要はない。それにジルさんは、この場所にいるみたいだし。

 用があれば先生に、連れてきてもらおう。


「ふぅ。じゃあみんな、そろそろ戻ろうか」


「そうだね」


 この場所では、私にとって貴重な体験をした。

 それはつらいことでもあったけど……きっといつかは、乗り越えなければならなかったことだ。

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