第635話 あの日に戻ること



 泣き出すルリーちゃんを止める人は、誰もいなかった。

 その気持がわかる……とは簡単には言えないけど。なにを思って泣いているかは、わかるから。


 気の済むまで泣かせてあげようと、思う。


「それで、二人には聞きたいことがあるわ」


「あ、そうですよね」


 ルリーちゃんが泣き終わるまで待つ……なんてことはなく、クレアちゃんの視線が私とナタリアちゃんを見た。

 クレアちゃんがルリーちゃんに聞きたいことがあるのと同様、私たちにも聞きたいことがあるのだ。


 なんたって、私たちはルリーちゃんの正体を知って黙ってたんだから。


「いつから知ってたの」


 主語はない。だけど、それがなにを意味しているかはわかる。


「そのぉ……ルリーちゃんと初めて、会ったときから」


「ボクも、彼女をひと目見たときから」


「ふぅん」


 クレアちゃんが聞きたいのは、私たちがいつからルリーちゃんの正体……つまりダークエルフだと知っていたのか、というものだ。

 この期に及んで、ごまかすつもりはない。


 そのため、正直に答える。

 同時に思い出す。ルリーちゃんと初めて会った、あのときのこと。


「入学試験の日に、私クレアちゃんとはぐれたじゃない?」


「あぁ……確か、そうだったわね。それで戻ってきたら、あの子と一緒にいて」


「そうそう。実は、はぐれてる最中にクレアちゃんに会ったんだけど……そのとき、ダークエルフだからってダルマスたちにいじめられてるところだったんだよね」


「え」


 当時は、私にとって初めての経験だった。

 なにせ、エルフみたいな見た目だけど特徴が微妙に違う子が、ダークエルフだからと言われていじめられていたのだから。


 人生初めて目にした、いじめというやつだ。


「そこからまあ……ルリーちゃんを助けた、みたいな形になったのかな」


「……なるほど、合点がいった。

 だからあの子は初対面のはずのエランちゃんに懐いてたり、エランちゃんはダルマス様に噛みついてたわけね」


「噛みついてはない、と思うよ?」


 私の説明を受けて、クレアちゃんは自分の中で納得のいったことがあったようだ。


 それは、私とルリーちゃんの関係。ルリーちゃんがやたら私に懐いている理由。

 そして私が、ダルマスと仲が悪かった理由。


 上流貴族長男であるダルマスに、食ってかかる私をクレアちゃんはオロオロした様子で見ていたっけなぁ。


「仲が悪かったのは確かでしょ。あのときは本当に驚いたんだから」


「あははは」


 同じ貴族の間ですら、ダルマスを持ち上げる人が多かった。

 そんな中で、ほとんど平民みたいな私がダルマスにああいう態度をとるのは驚いただろう。


「って、ダルマス様あの子をいじめてたの?」


「まあ、ダークエルフだからってね。ちなみにダルマスは、あのダークエルフがルリーちゃんだって気づいてないよ」


「そ」


 ダークエルフに対する世間の反応を思えば、ダルマスがルリーちゃんにしていたことも不思議ではないのだろう。

 クレアちゃんはさっぱりしたものだ。


 次に、クレアちゃんの視線がナタリアちゃんに向く。今度はナタリアちゃんの番だ。


「ひと目見たとき……って言うのは?」


「あぁ……ボクの眼は、"魔眼まがん"なんだ」


 そう言うナタリアちゃんは、自分の右目を指さした。

 きれいな青色の瞳は、右目だけが徐々に緑色に変化していく。


 緑色の瞳……つまり、エルフの眼だ。それを……


「魔眼?」


 魔眼と、そう言う。


「ああ。ボクの右目は、小さい頃とあるエルフから貰ったものでね。

 見た相手の、魔力の流れが見える……それがエルフの眼だ」


「……なるほど、ね。

 その眼であの子を見たら、その体に流れる魔力はエルフ族のものだったと」


「ご明察」


 さすがはクレアちゃんだ。ナタリアちゃんの説明を少し聞いただけで、エルフの眼について理解したようだ。

 ナタリアちゃんの特殊な事情も、受け止めたらしい。


「じゃあ、あの子とナタリアちゃんが同じ部屋になったのは、たまたまだけど運が良かったってことね」


「そうなんだよぉ」


 もしも私やナタリアちゃんと同室でなければ、ルリーちゃんは部屋でも気の抜けない生活になっていただろう。

 それはあまりにも、苦しいだろう。


 ホント、二人が同じ部屋になったのは幸運だったよ。


「……あなたにも、いろいろあったのね」


「まあね。ボクはこの眼をもらわなければ、あのとき死んでた。

 だからエルフに対して、みんなが思ってるような感情は持っていない。ダークエルフも同様にね」


 右目の部分を、そっと撫でる。そうやって柔らかく言うナタリアちゃんは、ちょっと微笑んでいた。

 かつての経験があったからこそ、エルフ族に対して嫌な印象を持っていない。


「これが、ボクとエランくんが、ルリーくんの正体を知っていた理由だよ。

 みんなに秘密にしていたのは……やっぱり、世間のダークエルフに対する評価を気にしてかな」


「……」


「クレアくんだけを仲間外れにしていた、とかそういうことではないから」


「! は、はぁ!? そんなこと、言ってませんけど!?」


 なんというか、以前のクレアちゃんが戻ってきたような、そんな印象を受ける。

 もうあの頃には戻れない……そんな風に、思っていた。


 でも……そんなのは、ただの思い込みだ。その気になれば……みんなでまた、笑い合ってたあの日に戻ることができる。

 そう感じさせる、二人のやり取りに……私も思わず、笑っていた。


「ぐす、ひく……あ、あれ? 皆さんなんで、笑ってるんです?」


 ルリーちゃんはようやく泣き止んだところだった。

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