第634話 嫌いなわけじゃない
「……なによ、その目は」
「! い、いえ……」
じろり、とクレアちゃんはルリーちゃんの顔を見る。
視線に気づかれたルリーちゃんはさっと顔をそらすけど……クレアちゃんの目はじっと見つめたままだ。
無言の追及……それに耐えられなくなったルリーちゃんは、ついに口を開く。
「その……クレアさんが、私の話を信じてくれるのが、驚いて……」
私も思っていたけど言わなかったことを、ルリーちゃんは言った。言いにくそうにしながらも、言った。
まあ、本人だからこそ、か。
クレアちゃんに対する違和感のようなものは、ルリーちゃんの方がより深く感じているだろうし。
「なに、信じない方がよかった?」
「そ、そうではなくてですね……!」
「……冗談よ」
クレアちゃんの返しに、ルリーちゃんは慌てるけど……冗談だと言われて、固まる。
話を信じてくれただけじゃなくて、冗談まで言ってくれるなんて。本当になにがあったんだろう。
とはいえ、私から聞くわけにもいかない。
「まあ、決闘の途中、いろいろ考えることがあってね」
「考えること、ですか」
やっぱり、決闘の最中に、クレアちゃんの心を変えるようなことが、あったんだな。
「それって、どうして……」
「さあ、どうしてかしら。
……ま、目の前で対戦相手があんな号泣しながら暴れまわってたら、こっちも思うところあるってもんでしょ」
「えっ」
なにがあって考えることがあったのか……その理由を聞かれて、クレアちゃんははぐらかすように言葉を返した。
ただし、その直後に意地悪気な笑みを浮かべて、ルリーちゃんを見た。
それは、ルリーちゃんに向けた言葉。
当のルリーちゃんは、いきなりなにを言われたのかわからなかったのだろう。
だけど、次第に顔を赤くしていった。
「いや、あれは、その……」
……『号泣しながら暴れまわってた』。それはちょっと飛躍してるけど、状況としては間違ってないよなぁ。
魔力を暴走させる形になったルリーちゃんは、涙を流しながらめちゃくちゃに暴れまわった。
その指摘をされたもんだから、ルリーちゃん的には恥ずかしいのだろう。
でも、恥ずかしがるってことは、あのときのことは記憶に残っているのか。
「あれは、違うんですっ」
「違うって、なにがよ」
「それはそのぉ……うぅ……あ、あのときは自分でも、なにがどうなったのかよくわからなくて……ぼ、ぼんやりとしか覚えてないですし……」
当時のこと、覚えている……というかなにがあったか記憶には残っているけど、ぼんやりとしか覚えてないってことか。
ふむ……まあ、自分でもわけわかんなくなるときって、誰にだってあるよね。
私だって、あのとき…………
……あのとき……
あのとき?
「ふっ、まあいいわよ。あれ見て、いろいろ考えることがあったってのは、事実なんだから」
「そ、そうですか……あの、私のこと……ダークエルフのことって、今はどう、思っているんですか?」
と、私の中でもやっとした感情が生まれつつあったところで、いつの間にかルリーちゃんが核心を聞いていた。
そうだ、今はこっちに集中しとかないと。
自分のこと、ダークエルフのことをどう思っているのか……それに対してクレアちゃんは、少し考えた様子を見せて……
「ダークエルフのことは、今でも嫌い」
そう、言い放った。
「自分でも、なんでこんなに許せないんだ……って気持ちは、あるの。でも、どうしても嫌悪感が拭いきれない……あんたには悪いけどね」
クレアちゃんが……いや、人々がダークエルフを嫌う理由は、過去にあった出来事以上に、ダークエルフを嫌うようにと本能に刻まれているからだ。
それは、呪いのようなもの。
だから、クレアちゃんが悪いというわけでもないのだ。
それでも、ルリーちゃんへのフォローが見えるあたり、心のどこかではおかしいと思っているのかもしれない。
「ただ……」
それからクレアちゃんは、言葉を続ける。
「あんたのことは…………今はそこまで、嫌いなわけじゃ、ない」
「! ぇ……」
それはきっと、ルリーちゃんにとって予想もしていなかった言葉だっただろう。
だって、ルリーちゃんを許せないからこそ決闘にまで発展したのだ。
それが……嫌いなわけじゃない、とまで言った。
「クレアちゃん!」
「! ちょ、なになに!」
だから私はたまらず、クレアちゃんに飛びかかっていた。嬉しかったからだ。
驚くクレアちゃんに構わず抱きしめたかったのだが……体が前に、進まない。
後ろから押さえられていたからだ。
「気持ちはわかるけど、今は二人が話してるから」
それは、ナタリアちゃんだった。私が先に進まないのは、ナタリアちゃんに押さえられているからだ。
ちょっと不服だけど、ナタリアちゃんの言うように今は二人の時間だ。我慢我慢。
私が落ち着いたことを確認し、ナタリアちゃんの手が離れる。
すると、隣からすすり泣きのような声が聞こえてきた。
「……ルリーちゃん?」
首を動かすと、そこでは……ルリーちゃんが、目からポロポロと涙を流しながら、泣いていたのだ。
「ちょっ……な、なに泣いてんのよ」
「だ、だって、だってぇ……」
ぐすぐす、ひっくひく……
これまで抑えていた感情が溢れ出したかのように、溢れる涙を拭いきれず、ルリーちゃんは泣いていた。
その姿に、私はどこか安心した気持ちを覚えていた。
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