第633話 根拠はないけど



 クレアちゃんの中で、どういった心境の変化があったのかはわからない。

 少なくとも決闘の前は、こうして話すどころか視界に入れるのも嫌だって感じだったのに。


 でも今は……


「話してもいい……ですか?」


「……」


「その……私、と?」


「……ん」


 ルリーちゃんの言葉に、クレアちゃんは小さくうなずいた。

 その言葉に、答えに、ルリーちゃんさえも信じられないと言った表情だ。


 でも、クレアちゃんはバツが悪そうながらも、この場から去る気はないようだ。それが、答えだとでも言っているように。


「えっと……私たち、席を外そうか?」


 それでも気まずそうな二人を前に、私はどうするべきかを考える。

 このまま二人のことを見守るか、それともこの部屋から出て二人きりにするか。


 もしも、二人だけで話をしたいというのなら、心配だけどその通りにしたほうが……


「いや……ここにいたままで、いいわ。……エランちゃん」


 クレアちゃんは、はっきりと言った。ここにいていいと。

 それは、ルリーちゃんと二人きりが気まずい……というよりは、私たちにも話を聞いていてほしい、という意味に思えた。


 ……そういえばさっきもだけど、クレアちゃんは私のこと、エランちゃんって呼んでくれたな。

 こっちに戻って来てから、まともに呼んでくれなかったのに。


「……」


 ルリーちゃんはダークエルフだと自分の正体を隠し、それを知りながら私も隠していた。

 それは、クレアちゃんにとって騙していた、と認識になってもおかしくはない。


 だから私にも、どう接していいかわからなかったし……私も、どう接していいかわからなかった。


「……あの、ごめんなさい!」


「!」


 ここにいていいとは言われたけど、二人はどんな会話をするのだろう。やっぱりこっちから振ったほうがいいのだろうか。

 そんなことを思っていると、いきなりこの場に謝罪の声が響いた。


 それは、誰のものか……確認するまでもない。

 テーブルに頭を打ち付けるほどに頭を下げている、ルリーちゃんのものだ。


「……ごめん、って、なにが」


「……クレアさんを、そんな身体にしてしまって。生ける屍リビングデッドと、そう呼ばれる存在にしてしまって」


「……」


 言いたいことは、たくさんあるだろう。説明したいこと、しなければいけないことはたくさんある。

 それでも、ルリーちゃんが最初にしたのは……謝罪だった。


 それは、きっと私にはわからない……二人だけの問題。

 死んでしまった肉体を生き返らせ、生前と同じような状態にした。でもクレアちゃんは、そのことで悩んでいた。


 果たして今の自分は、以前と同じ自分なのだろうか……と。

 それに悩み、苦しみ、部屋から出ることもできないほどに思い詰めてしまった。


「あのとき、目の前でクレアさんがこ、殺されて……私、頭が真っ白になって。とにかく、なんとかしなきゃ、って思って……」


「……その結果が、あの闇の魔術?」


「……はい」


 そう、クレアちゃんを生き返らせたのは、闇の魔術。

 死んだ人間を生き返らせる魔術なんて、私だって聞いたことがない。それが唯一可能なのが、闇の魔術。


 それを使った結果、ルリーちゃんがダークエルフだとバレてしまったわけだ。

 闇の魔術を使えるのは、ダークエルフだけだから。


「クレアさんには、生きててほしかったんです」


「……今の私、生きてるって言えるのかしらね」


「それは、もちろん……」


「眠くもならない、お腹も空かないのに?」


 クレアちゃんは言っていた……睡眠を取る必要はないし、食事も同様に。

 今まで必要だったことが、必要ではなくなったんだ。


 睡眠と食事は、人間の三大欲求に含まれているという。睡眠欲と食欲だ。

 人間にとって欠かせないもの。それを失ったということは、生きていると言えるのか。


 クレアちゃんは、それを懸念しているんだ。だから、答えを欲しがっている。

 そんなクレアちゃんに対して、ルリーちゃんは……


「それでもクレアさんは、人間です」


 まっすぐとした目で見つめ返しながら、しっかりと答えたのだ。


「……なんの、根拠があって?」


「それは…………根拠は、ないです。でも、クレアさんはクレアさんです」


 ルリーちゃんの言葉に、なんの根拠もない。それは、ルリーちゃん自身が認めている。

 それでも……クレアちゃんはクレアちゃんだと、そう言ったのだ。


 その視線に、言葉に、嘘や冗談は感じられなかった。


「そう。

 …………なら、それを信じる」


「!」


 根拠のない、ルリーちゃんの言葉を受けて、クレアちゃんはどう反応するか……それは少し怖かったけど。

 クレアちゃんは、ルリーちゃんを信じると……そう言ったのだ。


 それは、どういう心境の変化だろう。

 決闘をする前だったら、耳も貸さなかっただろうこと。でも今は、ちゃんと向き合って、受け入れてくれている。


 考えられるのは、決闘の最中になにかしら考えることがあったんだということ。

 ルリーちゃんとの決闘を通じて、魔導を、全力をぶつけ合って、思うところがあったんだろうか。


 気になるけど……それを聞き出すっていうのも、野暮な話かな。

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