第632話 自分でもわからない
「……」
「……」
「……」
現在、クレアちゃんとルリーちゃんはテーブルを挟んで座り、向かい合っている。
そして、この無言の空間が生まれている。
気を失っていた状態から目を覚ましたクレアちゃん。それに遅れて目を覚ましたルリーちゃん。
ベッドの上で、ただ見つめ合っていた二人。なにを言えばいいのかわからないといった様子だ。
あのままというわけにもいかないこで、とりあえず私は二人をテーブルの席につかせて、向かい合わせてみた。
座って向き合えば、なにか話ができるだろうと思ったんだけど……
「……」
「……」
(気まずいよぉ)
さっきから、どちらも一言もしゃべらない。
私もナタリアちゃんも萎縮しちゃってるし、こういうときに空気読まずに話しかけそうなウーラスト先生はどっか行っちゃった。
『ちょっとちょっと散歩してくるわ〜』
くるわ〜……くるわ〜……
まさか、この気まずい雰囲気を去っていて先んじて逃げたんじゃないだろうか。
おのれ……エルフで最年長なんだからなんとかしてよ!
「ほい、紅茶じゃ」
「あ、ありがとうございます」
「……どうも」
この状況の中でも、ジルさんは平常運転だ。
いや平常というほど普段を知らないんだけどさ。
コト……と紅茶が置かれ、いい香りが漂う。
ルリーちゃんとクレアちゃんも、それぞれお礼を言う。
「じ、ジルさんの紅茶はおいしいんだよ! ねえナタリアちゃん!」
「えっ。あ、あぁそう! とても美味だよ」
「そ、それは楽しみですね」
「……そう」
これは……どっちかっていうと、クレアちゃんに対してルリーちゃんが必要以上に何歩か引いてしまっている。
それもまあ、当然と言える。クレアちゃんのダークエルフに対する態度を思えば、距離を測り損ねるのも仕方ない。
クレアちゃんもクレアちゃんで、さっきから一言二言しか話さない。
そのため、会話が続かないのだ。
こういうときは私たちがフォローするべきなんだろうけど……
私だって、なにを話せばいいのかわからないんだよう!
(人付き合い経験の乏しい私に、それは難易度高いよー!)
これまで、十年を師匠と二人暮らしで過ごしてきた。
その後この国に来て、魔導学園に入って、友達もたくさんできて……だけど!
みんないい子たちばかりだったから、友達がこういう風に気まずくなったことなんてないんだよう! これ、喧嘩ってやつだよね。
私の人生の人付き合い経験の大部分が師匠との二人暮らししかないんだから……
こんなとき、どう声をかけたらいいのかわからないよ!
「「あの……」」
そのとき、ついに誰かが声を上げた。
だけど、タイミング悪くと言うべきだろうか……その声は、重なってしまった。
しかも、口を開いたのはクレアちゃんとルリーちゃんだ。つまり、二人がようやく相手に話しかけたのに、声が重なってしまったことになる。
(タイミングぅ!)
待ちに待った瞬間……どちらかが話しかけてくれたのに。
タイミング被って、声が重なっちゃうとかどんなことだよ!
ほら、また二人とも黙っちゃったよ!
「……ふぅ。クレア、さん」
だけど、このままではいけないと思ったのか、先に言葉を続けたのはルリーちゃんだ。
大きく息を吸って、まっすぐにクレアちゃんを見た。
その瞳の中には、まだ不安が見て取れる。でも、先ほどよりも迷いは晴れているように、思えた。
「……なに」
「えっ、と……け、決闘の結果、引き分け、ということになったみたいですけど……」
目を覚まして、決闘の顛末を聞いたルリーちゃんは確認するように、話し始める。
しっかりと、クレアちゃんを見つめている。
まだ緊張はしている……でも……
「私と……一緒の席に、座ってくれてるのは……いいんらですか?」
聞きにくいことを、ちゃんと聞いている。
引き分けである以上、お互いの要求は通らない。ルリーちゃんの、一緒に話をしたい……というものも。
だけど、今二人は、一緒の席に座っている。
もちろん、これは私が座らせたものだけど……本当に嫌なら、クレアちゃんだって断ったはずだ。
それに、ルリーちゃんの指摘を受けてここから離れてしまう可能性もある。なのに、指摘したのだ、ルリーちゃんは。
「……っ」
少しでも、関係を前に進める……いや、以前のように戻るために。
「……正直、私はまだ、ダークエルフのこともあんたのことも、許したわけじゃない」
すると、ルリーちゃんの疑問に対しての答えなのか……クレアちゃんは、ポツポツと話し始めた。
「今までずっと騙されてて。こんな変な身体にされて……いろいろ聞きたいこともあったのに、整理もできない間にいなくなるし」
「それは……ごめんなさい」
いなくなったのは、ルリーちゃんの責任ではないけど……ダークエルフに関して黙っていたことや、闇の魔術で生き返らせたことについては、やはりまだ気にかかっている。
それを気にするなって方が無理だろうな。
それは、ルリーちゃんだってわかっている。
「それで、その……く、クレアさんは、私と、その、話を……」
「あーもう、うるさいなぁっ。ちょっと静かにしてて」
「ご、ごめんなさい」
ルリーちゃんの視線を避けるように、クレアちゃんは視線を合わせようとはしない。
でも、この場から去らないでいてくれることが、以前よりも歩み寄ってくれている……そう思えた。
「……自分でも、よくわかんないのよ。あんたを許せなくて、それに……決闘して、国から追い出そうとして。そんなことしても、状況がよくなるわけじゃないのに。わかってるのに」
「……」
「ただ…………思ったのよ。こうして話くらい……しても、いいんじゃないかって」
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