第638話 慕われてますよね



「帰ってきたー!」


「ですね」


 魔導学園の門を潜り、懐かしい光景に私は声を上げた。

 今朝出てきたばかり、まだ数時間しか経っていないのに、なんだか懐かしい感じだ。


 クレアちゃんとルリーちゃんの件は一応解決したし、心につっかえていたものはとりあえず解消された。

 ただ……


「……」


 明るい感じではいるけど、それでもちょっといつもの調子ではない……ルリーちゃんに、そう感じる。


「どうかした、ルリーちゃん」


「あ、ええと……私、これまで以上に気をつけないとなと思いまして」


 どうやら、自分のことについて考えていたようだ。

 これまで以上に気をつける……それは、自分がダークエルフだということ。


 クレアちゃんも言っていたように、正体がバレたら大変なことになるのは、身を持って体験した。

 仲良しのクレアちゃんと、あそこまで亀裂が入ったんだ。見ず知らずの人とかに知られたら、それこそなにが起こるかわからない。


 だから、これまで以上に気をつけなければいけない。


「学園が再開するのは望ましいけど、ルリーくんにとっては窮屈な日々に戻ってしまうかな」


 ……学園が再開するのは、嬉しい。まだ、いつだとは決まっていないけど。

 学園が再開すれば、以前と同じようにルリーちゃんにとって気を張る生活に戻る。


 しかも、魔大陸に飛ばされてからはダークエルフであることを隠す必要がなかったから、この国に戻ってくるまではオープンでいた。

 その分、また窮屈な思いをさせてしまう。


「いえ、そんなことはないです。この魔導具もありますし、今まで通り気をつけます」


「そっか……」


「学園でも、仲良くしてるくれる人はいますし。正体を隠した状態で、ですけど」


 本当なら、私かナタリアちゃんがルリーちゃんと同じ組だったら、いろいろフォローできたんだけどな。

 ルリーちゃんがダークエルフだということを知っていて、かつ協力的な人がいれば、安心できるんだけど。


 ……誰か忘れているような、そんなことはないような。


「じゃあオレオレは、職員室行ってくっから。いろいろいろいろ説明しなきゃいけないし」


「説明?」


「アティーアちゃん……だけのことじゃないけど、例の事件以降塞ぎ込むようになっちゃった生徒も少なくなくてね。

 教師は、それらのフォローしたりしてんの。まあアティーアちゃんは、会うことも拒否されたけど」


「あはは」


 そっか、先生も先生で、生徒のフォローをしてくれてたのか。

 それに……考えてみれば、魔導大会の事件であれだけのことが起こったんだ。精神的にショックを受けた人が他にもいても、不思議じゃない。


 まあクレアちゃんの場合はその精神的ショックが特殊だし、それだけに先生と会うこともなかった、と。


「でも、説明って……」


「そりゃ、全部が全部を説明はできねえけど。とりあえずもう問題ないってことくらいはな。じゃじゃ、そゆことで」


 ウーラスト先生は背を向けて、じゃ、と言いながら手を上げた。

 なんか、クールに去るぜ……って感じでちょっとかっこいい。


 私たちは残されたけど、校門付近で固まっている理由もない。

 とりあえず女子寮に向けて、足を進める。


「あ、ナタリアさんよ!」


「夕暮れ時もお美しいわ!」


「ひときわ輝いておられるわ!」


 外には、生徒もそれなりに出ている。

 そのため、誰に声をかけられても不思議じゃないのだが……


 ナタリアちゃんへの視線が……というか黄色い声がすごい。

 勘違いじゃない。みんなナタリアちゃんを見てキャーキャー言ってる。特に女の子。


「ナタリアちゃん?」


「いや、ボクにもなにがなんだか……学園が休校になってから、気がついたらこんな具合で」


 どんな具合!? 気がついたらこんな状態って、どういうこと!?

 うーんと考え込むナタリアちゃんは、本当に身に覚えがないようだ。


 でも、なにもしてないのにこんな慕われるなんてことはないだろう。

 ナタリアちゃんは確かに、一部の生徒に人気があった。スラッとしててかっこいいし、話しやすいし優しいし。


 でも、以前はここまでの反応はなかったはずだ。

 ってことは間違いなく、私たちがいない間になにかがあった。


「本当に覚えはないの?」


「みんなに持ち上げられるようなことをした覚えはないよ。

 強いて言うなら、さっき先生が言っていたことを個人的に実践していたくらいかな。困った生徒に声をかけたり……でもその程度だよ」


「多分それだよ!」


 困った生徒に声を掛ける……それがどういう光景かまではわからないけど、精神的に追い込まれているところに優しい声をかけられれば、そりゃありがたく感じる。


 ナタリアちゃんの場合、そこに計算とかはなく、ただ純粋に困っている人の力になりたい……そう思ってのことだろう。

 結果として、ナタリアちゃんに助けられた人がナタリアちゃんに黄色い声を向けるようになった。


「にしても多くない? ナタリアちゃん、いったいどれだけの子に声をかけたのさ」


「そこだけ聞くとなんだかいかがわしい風に聞こえるね」


 まあ、ナタリアちゃんのことだ。目に入った子には声をかけているって考えたほうがいい。

 ナタリアちゃんは中性的な容姿で、顔も整っている。女の子が弱ってる時に優しくされたら、コロッといっちゃいそうだ。


 黄色い声のほとんどが女の子なのも、だからだろう。


「でも、自分に向けられた声じゃないのに、なんか誇らしい感」


「ふ、ふふ……私とは真逆の、温かい声……」


「……」


 直接声をかけられることはなかったけど、大勢の黄色い声をかけられつつ、そんなこんなで女子寮へと到着した。

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