557話 気持ち悪さすら感じる



「話を整理すると、私たちは魔大陸に飛ばされたんだけど、なんやかんやあって昨日帰ってきたってこと」


「全然整理されてない……」


 ルリーちゃんが、私の言っていることが嘘ではないと言ってくれたので、改めて説明する。

 説明を受けたゴルさんとリリアーナ先輩は、なぜか渋い顔をしていたけど。


「私のことより、ゴルさんですよ。大丈夫なの?」


「いや、俺からすれば俺のことよりエランなのだが……まあ、元気そうなのは確かだし、今はいい。

 俺は、見ての通りだな」


 ベッドに寝たままのゴルさんは、頭に包帯を巻いている。そして、体にかけられていた布団を巡る。

 入院用の装いに着替えているゴルさんは、質素な服装でも様になる。けど、注視すべきはそこではない。


 ぱっと見、たいした怪我はないように見える……でも、それは大きな間違いだ。

 長袖の服。その、右腕部分が……不自然に垂れ下がっている。それに、袖から手が出ていない。


「それ……」


「ま、こういうわけだ」


 言って、ゴルさんは自身の右腕部分を服の上から押さえる。

 本来、腕の膨らみがあるはずのそこは……なにも、なかった。


 ゴルさんの右腕は……なくなっていた。


「まったく、情けない話だ。油断していたわけではないのだが……魔獣に、右腕を持っていかれてな。

 ……おい、そんな顔をするな。別に痛みとかはないんだ、それに慣れればたいしたことはない」


 私を元気づかせるためか、それとも本心か……多分前者だろうな……ゴルさんは右腕でひらひらと手を振る、動作をする。


 その姿を見て、私はなんて言えばいいのか。

 それに、側でつらそうに表情を硬くするリリアーナ先輩が、見てられない。


「これは俺の未熟が招いた結果だ。受け入れるだけだ」


「……」


 ゴルさんは、腕を失うほどの重傷を負った。

 それは、すごくつらいはずなのに……むしろ自分の未熟のせいだと、受け入れている。


 強いなぁ。


「それに、俺だけではない。他にも、深い傷を負った者は多い。

 なのに俺が、いつまでもこんなところにいるわけにはいかないだろう」


「だめですよ。元気に見せても、まだ全快でないのはわかっていますから」


「ぬ……」


 自分は大丈夫だと言うゴルさんだけど、リリアーナ先輩がその体を寝かせる。

 腕を失くしたんだ、その痛みはとんでもないもののはずだ。たとえ時間が経ったとはいえ、これまであったものが突然なくなるというのは……考えも及ばない。


 もう痛みはなくても、血は出なくても、それは元気になったとイコールなわけじゃない。

 むしろ、腕を失くして衰弱した体が回復するまでに、また時間をかけなければいけない。


「そうだよ、じっとしてなって。ゴルさんには早く元気になってもらわないと。そんで、また私と決闘してよ」


「ふっ、言うじゃないか。言っておくが、片手になったからといって情けなどかけるなよ?」


「当然」


 私なりに、元気になってほしくて言った言葉だけど……ゴルさんはうっすら笑っているし、効果はあったってことかな。


 さて、とりあえずゴルさんの無事も確認できたし、私の無事も伝えることができたし……

 本題に入るとしよう。


「ねえ、二人に聞きたいんだけど……今の国王について、どう思う?」


 二人の目を見て、私は言った。


「今の……レイド国王のことか?」


「そう」


「どうって……どういう意味?」


 ふむ……まあ、質問の意図がわからないよな。そりゃそうか。

 一般の国民は、今の国王に対して洗脳を受けている。ならば、ゴルさんたち王族ならどうか。


 今自分はどんな立場だと、認識しているのだろうか。


「ほら、その……ザラハドーラ国王のことは、その、聞いたんだけどさ」


 本人の前で、亡くなった父親の話をするというのは……なんとも、勇気のいる話だ。

 だけどゴルさんは、じっと私を見ていた。そのまま話せ、ということか。


 だったら、遠慮なく……


「ザラハドーラ国王が亡くなったら、その後はゴルさんが継ぐものじゃないの?」


「……確かに、王位の順ではそうなっているな」


「じゃあなんで、あの人が国王になってるの? 暫定的な国王……ってわけじゃ、ないんでしょ?」


 私は、切り込む。本来王位につくはずのゴルさんが、ここにこうしている理由。

 そりゃ、父親を亡くして腕も失くして、まだ学園の生徒で。そんな状態で、国王をやれなんて酷な話だ。

 だったら、代理で国王を別の人間がやるってのはわからなくはないけど……


 それは果たして、ゴルさんたちはどう認識しているのか……


「暫定的? なにを言ってる、彼がこの国の新しい国王に決まっているだろう」


「……?」


 んん? なんか、文脈のつながりおかしくない?

 ザラハドーラ国王亡き後ゴルさんが王位を継ぐのは、ゴルさんも理解している。

 一方で、レイド国王が新しい国王だと認識している?


 これ、代理でって意味じゃないよな。


「えっと、リリアーナ先輩」


「ゴルドーラ様には次の国王の器がありました。しかし、さらにふさわしい方が現れた以上、仕方ありません」


 これは……あれだ。完全に、洗脳ってやつだ。

 王位継承戦がゴルさんにあることは理解していながらも、今レイドが国王になっていることを疑問にも思っていない。


 自分たちがチグハグな言葉を言っていることにすら、気づいていない……


「えっと……レイド国王は、どうやって国王に?」


「変なことを聞くやつだな。ザラハドーラ国王から、次の王位を託されたからに決まっている。

 まあ普通は、王族でもない人間に王位を譲ることなどないようだが、レイド国王はそれだけ人徳があるのだろう」


「……そ、それで……ゴルさんは、納得してるの?」


「納得? できるはずがないだろう……どこの馬の骨ともわからない奴が、俺を差し置いて次期国王だと?

 だが、前国王の決めたことなら、従う他にあるまい」


 ……なんだろう、この違和感。ゴルさんの言葉は、一見筋が通っているように聞こえる。

 聞こえるけど……なんか、変だ。言葉と、自分の中に秘めた感情が、あべこべだ。


 一秒先の言葉がさっきの言葉を否定していることに、気持ち悪さすら感じる。

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