556話 心配したんですからね



 ゴルさんが入院しているという病院、その一室を訪れた。

 病室には、ベッドに寝ているゴルさんと、側で付き添っているリリアーナ副会長がいた。


「ど、どうもー」


 驚いている様子の二人に、私はひらひらと手を振った。

 こうして驚いた様子の二人は新鮮だ。いつもきりっとしていて、隙がなかったから。


「あはは、ゴルさんでも驚くことあるんですね」


「……そのふざけた口調は、本当にエランのようだな」


 まっ。ゴルさんったら、場を和ませようとした私に対してなんて失礼なっ。

 私はそんな、毎度毎度ふざけてないですよーだ。


 後ろでルリーちゃんが部屋の扉を閉める音を聞きながら、私は二人に近づいていく。


「えっと……エラン・フィールド、帰還しました。なんちゃって」


「……まったく」


 呆れようにため息を漏らすゴルさん。その隣で……

 ガタっと音を立てて、椅子から立ち上がるリリアーナ先輩。それから、私をじっと見て……


 ……ぎゅっと、抱きしめられた。


「あ、お、あぇえ?」


 突然のことに、私はどうすればいいのかわからなくなる。

 てっきり、ぶん殴られるんじゃないかと思ってしまったけど……


 こんな風に抱きしめられるなんて。それも、こんな優しく。

 ……あたたかいな。


「えっと、リリ……」


「本当に……心配したんですからね」


「ぁ……」


 それは、先輩の本音のように聞こえた。

 いつもきりっとしていて、隙なんて見せないような女性だったけど……


 まさかこんな風に、無事を喜ばれるとは思ってなかった。


「……ごめんなさい、勝手にいなくなって……」


「フィールドさんの意図したことはないのでしょう。謝るのはお門違いです」


 先輩はゆっくりと私を離して、私と目を合わせる。

 リリアーナ先輩は背が高いので、私と目を合わせるために屈んでくれている。


 さっきの驚いた表情もだけど、今の顔もまた、見たことがないものだった。


「ふふ。リリアーナ先輩は、俺の見舞いに来る度にお前の話ばかりをしていたからな。こちらが恥ずかしくなるくらい心配していたぞ」


「ご、ゴルドーラ様っ」


 ゴルさんから、思わぬ話が暴露される。

 まさかばらされると思っていなかったのだろう、リリアーナ先輩は慌てたように振り向き、ゴルさんを見た。


 耳まで赤いのが見えた。恥ずかしがっているのだろうか。


「ご心配おかけしました」


「も、もうっ、フィールドさんっ」


 なんだかおかしくなって、くすっと笑ってしまう。

 別にそのつもりはないけど、結果的に先輩っをからかっているみたいになっているのが、なんだか楽しい。


 とはいえ、私を心配してくれてのことだ。この辺にしておこう。


「で、お前はどこまで飛ばされていたんだ」


「魔大陸です」


「……」


 沈黙が生まれた。


「……すまない、俺としたことが、まだ本調子ではないようだ。聞き間違いかな。

 で、どこに飛ばされたって?」


「魔大陸です」


「……」


 再び沈黙が生まれた。


 うーん、まあそうなっちゃうのか。

 私が魔大陸まで飛ばされていたって話をすると、魔大陸を知っている人はみんな驚くんだよなぁ。


 ウミを渡った向こうの大陸……魔物や魔獣が生息するという土地。そこには魔族もいて、足を踏み入れたら無事で帰ってくることはできない。

 なんてことを思われているっぽい。


 まあ、実際……魔大陸では魔力の回復が遅かったり、魔術が使えなかったりするから、魔導士にとっては地獄みたいなところだとは思うけど。


「フィールドさん、もしかして私たちのこと、からかってます?」


「ませんけど!?」


「なら、場を和ませようとして盛大に滑ったか」


「ってませんけど!?」


 頭の硬い人たちはこれだからもう!

 魔大陸に飛ばされていた証拠を出せってのか! だったらこの場でクロガネ召喚したろうかおぉん!?


「あ、あのぉ」


 そんな中、恐る恐る手を上げる人物。

 ルリーちゃんだ。


 ダークエルフであるルリーちゃんにとって、ゴルさんやリリアーナ先輩はどう映るだろう。

 お硬い人間だから、絶対に正体はバレたくないはずだ。バレたらクレアちゃんみたいに取り乱すのではなく、即捕まえてきそうだし。


 だから二人がいる病室には、私だけが行くと行っていたんだけど……

 大丈夫だからと、ついてきたのだ。


「キミは……」


「ルリーさん、ね」


 ルリーちゃんが名乗る前に、リリアーナ先輩が名前を言い当てる。

 当のルリーちゃんはというと、ぽかんとしていた。まさか、名前を知られているとは思わなかったのだろう。


 とはいえ、リリアーナ先輩なら不思議ではない。一年生であろうと、生徒の名前と顔は全部覚えてそうだもんなぁ。


「は、はいっ。あの……エランさんの言ってることは、本当、です」


「……そうか、キミも同じく転移させられたのだったな」


 ルリーちゃんのおどおどとした態度に、ゴルさんは落ち着いた様子で言葉を返す。

 それから、少し黙り込んで何事か呟いていた。


 まさか本当に魔大陸に、とかそもそも魔大陸というものが実在したのか、とか。

 ルリーちゃんの言葉を受けて、どうやら認識を改めたようだ。


 おいおい、私が言ったときとずいぶん態度が違うじゃないか! 私のときはあんなに疑ってたのに、なんでそんな素直に信じてるんだよ! おぉん!?

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