551話 知らない



「ママー、もう帰っちゃうのー?」


「ママじゃないんだってばー」


 今私は、自分のお腹辺りにしがみついているフィルちゃんの対応に追われていた。

 ナタリアちゃんとの話を終え、帰ろうとしたところ……それを聞きつけたフィルちゃんが、私にしがみついてきたのだ。


 小さい女の子に懐かれるのはまんざらでもないけど……

 ママと呼ばれるのは、やっぱり慣れない。


「あははは、エランくんとも遊んでほしいみたいだね」


 この光景を見て、ナタリアちゃんが笑った。


「私一応この後、先生たちのとこ行かないといけなくて……」


「あぁ、事情説明だっけ」


 昨日先生たちには、一通りの説明はした。私たちが飛ばされて、その先でなにがあったか。

 でも、それを一度の説明で理解してもらおうというのは、難しかったみたいだ。


 なので、後日もう一度話を、ということになった。


「にしても、昨日の今日じゃなくても」


「時間が経つと忘れちゃうこともあるからねー」


 そうなってしまわないうちに、話せることは話しておかないと。

 まあ、あの濃い出来事を忘れることはないと思うけど。


 それに、私の方から聞きたいこともあるしね。


「だからフィルちゃん、話してくれると嬉しいな」


「や!」


「んん……」


 さっきまで、フィルちゃんはルリーちゃんが遊んでくれていた。

 だから、満足してくれたんじゃないかと思っていたんだけどなぁ。


「やっぱり、一番はエランくんか」


「みたいですね」


 私をママと呼ぶことからもわかるように、フィルちゃんは私を好いてくれている。

 ナタリアちゃんが言うには、私が居なくなったばかりの頃はすごく荒れていたらしい。泣いて騒いで、落ち着かせるのに苦労したとか。


 いやホント、迷惑かけました。


「でもナタリアちゃんも、かなり仲良くなったんじゃない?」


「まあ、一週間近く一緒にいればね。

 それでも、エランくんへの愛には敵わないみたいだけど?」


 初めて会った時からママだもんなぁ。理由がまったくわからない。

 どうして私がママなんだって聞いても、要領を得ない答えばかりだし。


 懐かれていること自体に、悪い気はしないんだけどねぇ。


「よーしよしフィルちゃん。今度いっぱい遊んであげるから」


「……本当?」


「本当本当」


 フィルちゃんの頭を撫でて、彼女を落ち着かせる。

 あぁ、白くてさらさらした、きれいな髪だな。それに私を見上げる目も、涙が溜まっているけど白くて吸い込まれそうだし。


 ……白髪白目、か。


「ねえ、フィルちゃん」


 この特徴を持つのは、精霊さんにかなり好かれるとあの国王は言っていた。

 フィルちゃんは師匠に拾われた頃の私と同じくらいだと思うし……もし今、周囲に精霊さんが見えていたら、鍛えれば将来は凄腕の魔導士になるかもしれない。


「フィルちゃんの周りにさ、精霊さん……あー、なんかこう、超常の存在みたいなの見えない?」


「?」


 あー、精霊さんの説明難しいな!

 や、どういう存在かはわかってるんだよ? でも、精霊さんをどう表現して説明すればいいのかっていうのが、なかなかに難しい。


 ほら、フィルちゃんもぽかんとした表情してる!


「んー、よくわかんない」


「そっか……

 でも、自分の周りにだけ見えるものがあっても、それは悪いものじゃないから! 精霊さんは、こう、良い存在だから! なにか変わったことがあれば、相談してね!」


「んー、わかんないけどわかった!」


 あんまり自信はないけど……わかってくれたなら、いっか。

 フィルちゃんも離してくれたし、またしがみつかれないうちに先生たちのとこ行くかな。


 まだ私のことをじーっと見ているフィルちゃんの顔を見て、ふと思い出す。

 そういえば、旅の途中で会った魔女さん。あの人も、白髪白目だった。


 フィルちゃんと魔女さんと、あの国王と。あまり多くない特徴だ。

 もしかしたら。もしかしたらだけど。フィルちゃんと魔女さんは、遠い知り合いだったりして。


「ねえフィルちゃん、一つ聞いていいかな」


「なあに?」


 そんな軽い気持ちから、聞いてみることにした。


「あのね、魔女さんって人知ってるかな?」


「…………」


 フィルちゃんに聞いてから、はっとする。結局、魔女さんって名前を教えてくれなかったんだよなぁ。

 おまけに、師匠と同じ顔をしていたのは師匠ラブすぎて師匠の顔にしちゃったみたいだし。


 名前も顔もわからない人を知ってるかって聞いても、わかるはずもないか。私ったらうっかり。


「ごめんね、やっぱり今のは忘れ……」


「まじょ、さん…………ママ、その人とお友達なの?」


 けれど、フィルちゃんからは思わぬ返答があった。

 お友達か、か。


「へ? ……うーん、お友達、ではないと思うけど。

 その人、旅の途中に会った、フィルちゃんと同じ白い髪と白い目をした人なんだけどね」


 仲良くなったとは思うけど……お友達、ではないんじゃないかな。

 正直ちょーっと苦手なところもなくもなくもない……わけだし。


 まあ? 向こうがお友達だって言ってくれるなら、私もやぶさかではないけども?


「でも、どうしてそんなことを?」


「うぅん、なんとなくー」


「そっか。その魔女って人のことは……」


「知らない」


 ……なんだろう、ちょっと食い気味……

 それに、魔女さんのことを話題にした途端に、雰囲気が変わったような?


 ……気のせいかな。


「そ、そっか。ごめんね変なこと聞いて」


「んーん、全然だよー」


 そう言って、笑うフィルちゃんの笑顔は……どこか、いつもと違って見えた。

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