548話 彼女の元気がない理由



「はぁあ、疲れたー!」


 お店の手伝いを終えた私は、用意された客室のベッドに飛び込む。

 お客さんは落ち着いていたとはいえ、それでも一定の人はいる。

 宿屋でも、それだけでもなく食事処として提供している『ペチュニア』は、わりと人気なのだ。


 なんだろうな、私体力には自信があったんだけど……今回のは、よく動いて体力以上に精神力が削られた気がする。


「でも楽しかったですよ」


 隣のベッドに座るのは、ルリーちゃん。彼女は、終始笑顔でやり切っていた。

 いやはや、私よりも長い時間あんなことしてたのに、私より元気なんて……すごいやルリーちゃん。


 もしも人目を気にすることが亡くなったら、接客業とか向いているのかもしれない。


「ルリーちゃんがまさか、あんなにお客さんに接するなんてねぇ。あったばかりの頃からじゃ考えられないよ」


 まだ元気なルリーちゃん。その成長を、微笑ましく思うけど……


「それは……エランさんのおかげで、変われたと言いますか」


「私? 私はなにもしてないよ」


「いえ、そんなことはないです」


 私のおかげだ、なんて言われると、さすがに照れてしまう。

 本当に、私はなにもしていないんだけどなぁ……変われたのは、ルリーちゃんが頑張ったからだ。


 なんとなく照れくさい空気になったので、話を変えるために隣の部屋を見る。


「ラッヘとリーメイは、二人一緒で大丈夫だったかな」


 私たちは、二部屋を取った。部屋割りは、私とルリーちゃん、ラッヘとリーメイだ。あと男の夜は一人。

 どうにもあの二人は馬が合うようで、部屋決めもすんなりと決まった。


 私も部屋割りに関して異論があるわけではないので、うなずいたわけだけど。


「ラッヘ、ああ見えてちゃんとしてるから、大丈夫ですよ」


 しばらくラッヘと二人だったルリーちゃんがこう言うのなら、問題はないのかな。

 リーメイも、ちゃんとしている所はちゃんとしてる……はずだし。


 本当は四人部屋を取れれば一番良かったんだけど、さすがに空いていなかったみたいだ。

 ま、いきなり来て三つも部屋が空いていたことはラッキーだった。

 ヨルは最悪、外で寝てもらってもよかったけど。


 んまあ、今頃一人を満喫しているだろう。


「あの……エランさん」


「うん?」


 ベッドに仰向けに寝転がる私に、ルリーちゃんが声をかけてくる……けど。

 その声はさっきまでのものとは違い、どこか深刻さを孕んでいるものだ。


 話の内容をなんとなく察した私は、ベッドの上に起き上がる。


「その……クレアさんの、ことで」


「……」


 あぁ、やっぱり。クレアちゃんのことか。

 そうだよね、気にならないはずがないよね。ずっと……聞きたかったよね。


 さっきまでは、タリアさんも他のお客さんもいた。だから、話せなかった。

 だからこそ、今。……二人部屋だったのは、ちょうどよかったかもしれない。

 ラッヘもリーメイも、ルリーちゃんがダークエルフだってことは知っているけど……こういう話には、できるだけ巻き込みたくないし。


「さっき、タリアさんには話したんだけど……」


「はい、うっすらと聞こえてました」


「あ、そうなんだ。

 ……無事、元気がない、ってのは間違いではないよ。でも、元気がない理由って言うのは……」


 タリアさんにも、事情は話した。家に帰ってこない娘の現状。

 でも、話せることだけだ。タリアさんには話せなかった……エルフ関係の、こと。


 クレアちゃんが元気をなくしている理由。それが……


「……私、ですか」


「……うん」


 それをルリーちゃん本人は、一番わかっている。

 ルリーちゃんがダークエルフで、その上……一度は死んだ身が生き返った。この現実に、打ちのめされている。


「大丈夫です、エランさん。私のことは気にせず、正直に話してください」


 まるで私の考えていることを察したかのように、ルリーちゃんは話す。

 デリケートな問題だ……でもルリーちゃんは、それと向き合うつもりだ。


 だったら私も、言葉を選んでいる場合じゃないか。


「ルリーちゃんは……会いに行かなくて、良かったと思う。ううん、まだしばらく、会わない方がいいかもしれない」


「……っ」


 それは、ルリーちゃんを突き放すような言い方かもしれない。

 でも、ルリーちゃんが覚悟を決めているのだ。私がここで、嘘をついてもしょうがない。


 私は、あったことありのままを話した。

 ルリーちゃんがダークエルフであることを隠していたことを裏切ったと感じていること、自分が生きているのか死んでいるのかわからない不安に押しつぶされそうなこと、ルリーちゃんはもちろん私もクレアちゃんは拒んだこと、ルームメイトのサリアちゃんがいなければ餓死していたかもしれないこと。


 それを聞いているうちに、ルリーちゃんは口元を覆い……青ざめた表情になった。


「私……とんでも、ないことを……」


「……」


 あの時は、正直……私もルリーちゃんも、無我夢中だっただろう。

 楽しい大会が、予期せぬ乱入者のせいで大混乱。クレアちゃんは殺され、生き返らせる術があるのだと知って、希望を見た。


 実際に、ルリーちゃんの闇の魔術でクレアちゃんは生き返った。

 けれど、予想していた反応とは、全然違うものだった。


「私、実はまだよくわかってないんだよね。クレアちゃんを生き返らせたっていう、闇の魔術のこと」


 クレアちゃんはあんなに怯え、エレガたちはおかしそうに笑って。

 その魔術について、聞く時間ならいっぱいあったはずだ。ルリーちゃんと二人の時間が。

 でも、そんな雰囲気じゃなかった。


 だから、改めて……ここで、聞こう。


「ルリーちゃん、あの魔術って……どういうものなの?」


 エレガが生ける屍リビングデッドと呼んでいた、あの状態について。

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