547話 元気で大変よろしい



「……そう、とりあえずあの子は、無事なんだね」


「うん。元気……とは、ちょっと言えないかもしれないけど。

 サリアちゃん……ルームメイトの子が、いろいろ面倒を見てくれているみたい」


 宿屋『ペチュニア』に戻ってきて、客足も落ち着いてきた頃。

 私は学園で、クレアちゃんと話したことをタリアさんに伝えた。

 とはいえ、会話の内容まで正直に伝えたわけではない。ダークエルフ云々のことは黙っている。


 魔導大会中に怖いことがあり、それがショックで引きこもってしまっている……

 という内容にして、話した。まあ大まかには間違ってないわけだし。


「そうかい、無事ならまあいいさ。

 それにしても、同じ部屋の子に迷惑をかけて。バカ娘が」


「あはは……」


「そのサリアちゃんって子、今度ウチに呼んでおくれよ。もてなすからさ」


 呆れたようにため息を漏らすタリアさんに、私は苦笑いを返すことしかできない。

 クレアちゃんとのやり取りがあった今となっては、私もどんな反応をすればいいのか。


 まさか、人々から忌み嫌われているダークエルフが現れて、それが今まで友達していた女の子だったんです……なんて言えないよなぁ。

 しかもその子は今、あなたの店の制服着て接客しているんですよ、なんて。


「あはは、あ、ありがとうございます」


 人が落ち着いてきたとはいえ、店内は賑やかだ。

 ルリーちゃんはあっちへこっちへと、忙しそう。でも、笑顔は忘れていない。


 ……会ったばかりの頃は、笑顔は人前でそんなに見せなかったのに。

 今や知らない人相手にも、あんな風に笑えてるなんて。


「私も、鼻が高いよ……」


「リー、なんでちょっと誇らしゲ?」


「キモいぞ」


 隣に座るヨルの膝をつねる。「いっ」と声を漏らしたヨルは、その場で悶えた。

 まったく、うら若き乙女に失礼しちゃうよ。


「ルリー、楽しそウ」


「だねぇ」


 リーメイの言うように、ルリーちゃんは忙しなくも楽しそうに動いている。

 なんか、いい顔してるな……すごくいい。


 帰ってきた時は驚いたけど、慣れてしまえばもう昔から働いていたんじゃないかと思えるほどだ。


「あの子らが手伝いを申し出てくれた時は驚いたけど、大助かりさ。このまま雇いたいくらい」


「……あのエルフもか?」


 ルリーちゃんの働きぶりに満足そうなタリアさん。対してヨルは、訝しげな視線を向けた。

 その視線が向く先は、宿屋の入口にいるラッへだ。


「いらっしゃいませー!」


「あはは、元気な子は大歓迎さ!」


 元気よく挨拶しているラッへ。ルリーちゃんとは違い、動き回ることなく入口に突っ立っている。

 その表情は、とても笑顔だ。


 言ってしまえば、やっているのは挨拶だけだ。元気な挨拶。

 だけど、その明るさはみんなを笑顔にしているように見える。


「でもなんで、挨拶係?」


「んん……まあその、お皿をね。なかなか難しいみたいでね」


 割ったのか。しかも口ぶりから一枚や二枚じゃないな。

 記憶喪失のラッへは、あらゆるところが幼児退行しているようなものだ。


 お皿を運ぶにも、一苦労。ならば挨拶に集中させたほうがいいというわけだ。

 とはいえ、挨拶も馬鹿にはできない。ラッへの明るく大きな声は、人を惹きつける。


 みんな笑顔になっているし、場の雰囲気がよくなっている。


「あんな顔浮かべるなんてねぇ」


 初めて会ったときを思い返せば、思いもしない光景だ。

 記憶を失うまでの間、ラッへは……笑ったとしても不敵なものだったし、基本的に悪い顔ばかりだったからなぁ。


 記憶がなくなったってことは、まっさらな状態なのだろう。だから、あれがラッへの……素の姿、ということなのだろうか。

 もともとあんな純粋だった子が、師匠ちちおやを恨むまでになってしまった。


 師匠はラッヘを死んだと思って……とラッヘは言っていたけど。

 それ以上のことは、聞くに聞けなかった。だって、本来の自分の名前をつけられた相手わたしには話したくもないだろうし。


「あんないい子が、記憶喪失なんてねぇ。なんとかしてあげたいけど。

 この国の外で、出会ったんだって?」


「……うん、そうなんだ」


 ラッヘが記憶喪失だってことは、タリアさんには話している。でないと、いろいろ不憫だし。

 ただ、彼女がエルフですとか、魔導大会決勝で戦った相手ですとか、そんなことは言っていない。


 私とルリーちゃんが国の外に飛ばされ、そこで出会った……とだけ伝えている。


「それにしても驚いたよ、リーメイちゃんが人魚だったなんて」


「えへへ」


 そして私も驚いたのが、タリアさんがリーメイの姿を見ても思ったほど驚かなかったことだ。

 リーメイがニンギョであることに驚いてはいるけど、ニンギョという種族については知っているようだ。


「タリアさんは、ニンギョことを知ってるの?」


「子供の頃読んだ絵物語に、人魚って種族が題材のものがあってね。正直作り物だと思っていたんだけど……

 本当に、いたんだねぇ」


「えへへ」


 タリアさんが子供の頃とは……何十年前だろう。

 まあニンギョってのは、リーメイ曰く百年は普通に生きる種族らしいので、どれだけ前でも不思議ではないのか。


「それよりどうだい、エランちゃんもルリーちゃんたちと働いてみない?」


「えー、私はいいですよー」


 私も……か。ルリーちゃんやラッヘが着ている制服は、確かにかわいい。

 おしゃれに興味はなくても、かわいいものには興味のある私だ。でも、知らない人に話しかけるのは緊張するしなぁ。


 人と話すのは好きだけど、それとこれとは話が別というか。


「初めて見た時から、いつかクレアと二人で働いてくれないかなって思ってたんだよ」


「うーん、ありがたいけど、私は……」


「今からでも働いてくれたら、今夜の宿代はタダでいいよ」


「仕方ないなぁ」


 そこまで頼まれちゃ仕方がない。やれやれと、私は立ち上がった。

 ヨルがなぜか、白けた視線を向けてきた。

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