523話 聞いたことのない名前



 私が聞きたかったこと……それは、いろいろあったんだけど。

 最初の質問への答えで、その先を聞くのが怖くなってしまった。

 というか、なんか頭から抜け落ちていったっていうか……


 それくらいに、衝撃的だった。


「どうなんてるの?」


「おい、大丈夫か?」


 私やノマちゃんの知っている人物……その人たちが見当たらないどころか、国王が名前も知らない?

 とぼけている様子でも、冗談を言っている様子でもない。


 これは、どういうことだ?


「おーい……」


「あ、ごめんなさい。ちょっと、混乱してて」


「今挙げた名は、キミにとって大切な人間なのかい?」


 私を心配してくれる様子の国王は、やっぱり純粋に私を心配してくれているようだ。


 ただ、今言った名前が大切な人かって聞かれると……そこは、ちょっとうなずけないかも。

 マーチさんに関しては、ノマちゃんの件でお世話になったけど……他の人に関しては、全然関係がないしなぁ。


 いやだからって、この状況を放っておけるわけじゃないよ。


「ともかく、このお城には……そういう人たちがいたはずなんだよ。私、会って話したこともあるし」


「ふむ……そう言われてもな」


「ホントにわからない? マーチさんたちは有名人だって話だし、ジャスミルのおじいちゃんはザラハドーラ国王の秘書だよ!」


 今挙げたのは、結構な重要人物だと思う。でも、その人たちの名前にピンと来ていない。

 その名前を知らなかったのは、私も同じだけど……私の場合、まあ世間知らずなところもあったし。


 でも、この人はそうじゃないはず。なのに……


「……すまないな、本当にわからない。そのような名前、聞いたこともない」


 なのに、この国王は……困ったように表情を歪め、話した。

 こんな……ことって、あるのだろうか?


 これじゃあ……まるで、その人の存在そのものが消えてしまったかのようじゃないか。


「……そう」


「期待には添えられなかったようだな。すまない……」


 何度も謝ってくれるこの国王に、逆に罪悪感を覚えちゃうよ。


「私の方でも、調べてみよう。そのような名前の人物がいなかったかを」


「それは、助かるかな……」


 だけど、収穫がなかったわけじゃない。

 このお城に元々いた人たちの名前がなんらかの理由で消えたというのと……国王は、悪い人じゃなさそうってこと。


 それに、いくらか協力的だ。


「それで、他に聞きたいことはないのか?」


「あー……うん、今はいいかな」


 国王が良い人っぽい以上、国民が洗脳されてるっぽいこととは無縁かもな。

 とすれば、誰かが裏で悪だくみをしている、とか。国民を洗脳して、悪いことを。


 そのことを国王に指摘してもいいものか。この人個人は信じられても、もし悪だくみしている人物の耳に入ったら厄介だしな。

 今は、私やノマちゃんの方で調べてみるしかない。


「そうか。では、そろそろみなを戻そうか。あまり遅いと、心配させてしまうかもしれないからな」


 結局、この二人きりの空間で得られた情報と言えば『白髪黒目の体質』と『ザラハドーラ国王とこの国王は古い友人』、『いなくなった名前があること』くらいだ。

 くらいって結構重要なものではあるんだけど。


 ただ、まだなにか……なにかがあるような気がして、ならない。

 それこそ、国王を洗脳している黒幕がいるかもとか……


「国王様! ご無事で!」


 王の間に、退室させたみんなを呼び戻す。

 我先にと駆け込んできた側近の兵士は、すぐに国王の側に。そして私をにらんでいた。


 ううん、女性兵士の鋭いまなざし……悪くないけど、今にも斬りかかって来そうな覇気は引っ込めてほしい。


「そう心配せずともよい。彼女は危険な人物ではないとも」


「しかし……」


 国王への忠誠心が高いのか。私に対してすごい攻撃的な気がする。

 別に取って食いやしないってのに。


「フィールドさん。国王様となにをお話していましたの?」


「他愛ない話だよ」


 私の隣に並ぶノマちゃん。その耳元に、そっと口を寄せる。


「あの国王に聞いてみたけど、マーチさんたちのことは本当に知らないみたい」


「……そうでしたか」


「もしかしたら、別の誰かがよからぬことを企んでいるのかも」


 その身が"魔人"と呼ばれるものになったノマちゃんは、国民全員がかけられている洗脳も通用していない。

 ……まあ例外はいるけど。


 なので、安心して全部話すことができる。

 協力して、城の外と中で怪しいことがないかを探っていこう。


「しっかし、広い城だよなー。さっき通された部屋だった、あそこだけで学園の食堂くらいあったんじゃないか?

 なーんてな」


「……あんたはなに食べてるの」


「肉!」


 のんきに話すヨルの手には、骨のついた肉のやつが握られていた。

 王の間から出て、どこかに案内されて……そこで出された食事だろう。


 いや、こんなところでまで食べるなよ。自由か!


「ま、いいや。それじゃ国王……様。私たち、そろそろ行こうと思います」


「む、そうか?」


「もう行ってしまうんですの?」


 寂しそうなノマちゃん。なんて保護欲を誘う表情なんだ。

 だけど、私たちがここに来たのは元々、エレガたちを引き渡すためと黒髪黒目の人間をとっ捕まえるのをやめてほしかったからだ。


 どちらも解決した以上、ここに留まる理由もない。

 ノマちゃんと会えたのは、嬉しかったけどね。


「ノマちゃん、そんな顔しないでよ。また、会いに来るから。

 ……それに……」


 ノマちゃんともっと話していたい気持ちと、同じくらい……やらなきゃいけないことが、ある。

 私が自由に動けるようになったことで、魔導学園に行ってももう捕まることはない。


 魔導学園に行って……会わないといけない。クレアちゃんに!

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