499話 ……ヨシ!



 地下から出るのは、難しくなかった。

 なんたって、道は一つ。迷いようがない。それに、見張りの兵士もさっき倒した二人だけだった。


 こんな広くもない通路に、人を配置することはしないだろう。

 いるとしたら、地下室へ降りる階段の先にある扉……その向こうか。そこもやっぱり出入り口は一つだから、そこを見張っておけばいいもんね。


 ちなみにさっきの兵士たちは、魔力が戻ったので魔法で作り出したムチで、縛っておいた。


「へぇー、人魚! すっげー、初めて見た!

 伝説上の生き物だと思ってたよ。ま、この世界がもうファンタジーだけどさ」


「えっへん」


 地下通路を歩く最中、これまでの出来事をざっとヨルに説明する。

 私がこの国の状況が気になっていたのと同じように、ヨルもヨルで私のことが気になっていたという。


 後ろでは、ヨルがリーメイと話をしている。どうやらヨルは、ニンギョがどういうものか知っていたみたいだ。

 私は初めて見たし、そういつ種族だってのも知らなかったのに。


「ヨルは、リーたち人魚族のことには詳しいノ? 人間にしては珍しイ!」


「詳しいってほどでもないけどな。ファンタジーものにおいて人魚ってのは、王道の一つだから!」


 よくわからない言葉が聞こえるけど、リーメイからしてみれば自分の種族を知っている人がいるってのは、嬉しいらしい。

 すっかり仲良くなっちゃって……ちょっとジェラシー。


「それで、こっちのエルフが……魔導大会で、決勝まで勝ち上がった子だよな」


「ラッへだよ!」


「……確かに記憶喪失みたいだな」


 ラッへは、魔導大会に出場していた。そして、決勝では素顔もさらしていた。

 なので、わかるといえばわかるか。その後いろいろあったけど、忘れてはいないようだ。


 ただ、素直に記憶喪失だと話してもすんなりと信じてはもらえなかった。

 その後ラッへと話をして、ようやくって感じだ。


 まあ、魔導大会でのラッへの様子を見てたら、とても今と同一人物とは思えないもんな。


「にしても、ホントにエランと似てんなぁ……てか顔そっくりだ」


「……ラッへがその状態でよかったね。そんなにジロジロ見てたら鼻が折れるまで殴られてるよ」


「そんなに!?」


 まあ、ざっと説明したとは言っても……本当にざっとだ。

 どこに飛ばされて、どうやって帰ってきて……その間にも私たちの関係もまた変わっていって。


 そうじゃないと、話が長くなりすぎるしね。少なくとも今ここで話すことでもないし。


「……で、こいつらがあの事件の」


「そ。多分ヨルと似た感じの奴らだと思う」


「俺こんなやばいことしないだろ!?」


「いや、そうじゃなくて……」


 黙って歩いているエレガたちは、魔力封じの手枷を付けている上『絶対服従』の魔法をかけているから、もうおとなしくしているしかない。


 手枷は、どうやらエレガたちに付けていても『絶対服従』は有効らしい。

 あくまで術者……この場合は私の魔力が封じられたら、『絶対服従』の効力もなくなる。


 そんで、こいつらは……ヨルと同じような言葉を言っていた。イセカイだとかテンセイだとかなんとかかんとか。

 だから、その点でヨルと似ているんじゃないかと、思った。


「まあ、気になるところではあるけど……」


「そのあたりの話はあと、ね」


 牢屋は、通路の一番奥の部屋の中にあった。なので、入口からそれなりに歩いてきたけど……

 それも、終わりだ。階段が見えた。上に上がる階段。


 この上に、地上に繋がる扉がある。


「どう? 上の扉の向こうに見張りは、いると思う?」


「うーん……こっちも二人、かな」


 ヨルによると、上にいるだろう見張りは二人らしい……

 あ、ダジャレじゃないよ。


 黒髪黒目を要注意として閉じ込めておくなら、もっと見張りを増やせばいいのに……ま、こっちはありがたいけど。

 魔力を封じられたらなにもできないだろう、と思って油断しているのか。


「どうしよっか。魔法か魔術で扉ごとぶっ飛ばそうか」


「さ、さすがにそれはちょっと……」


「あはは、冗談だよ」


「目が笑ってないぞ」


 さすがに、魔導でぶっ飛ばすなんてことはしないよ。こんな狭い地下通路でそんなことをしたら、崩落の恐れがある。

 ダンジョンのときみたいな失敗はこりごりだからね。


 え、そういう問題じゃないって?


「ま、さっきみたいに私とヨルで兵士を気絶させる、でいいんじゃないかな」


「だな」


 やることは、さっきと一緒だ。

 むしろさっきと違って魔力が使えるだけ、一人でも充分なくらいだ。


 静かに、階段を上っていく。階段を上る音が扉の外にまで聞こえるかはわからないけど、念の為だ。

 外の兵士が油断しているところを、一気に無力化する。


「じゃ、行くよ」


「あぁ」


 階段を上がり切り、扉に手をかける。

 まず私が扉を開いて外に出て、続いてヨルが仕掛ける。制圧し、危険がなくなったとわかればルリーちゃんたちも出てくる。


 ヨルと目で合図をして……私は、扉を勢いよく開けた。


「!? な、なん……っ……」


 いきなり扉が開いたことに驚いた兵士が、振り向く……その瞬間に、私は兵士の顎に拳を打ち込んだ。

 顎が揺れれば脳も揺れる。そのまま、兵士は倒れてしまった。


 もう一人の兵士は異変に気づき、腰に構えた剣を抜こうとするが……それよりも先に、ヨルが兵士を足払い。

 体勢が崩れたところで、顔面に蹴りをおみまいした。


 扉を開いてわずか三秒で、終わってしまった。


「……ヨシ!」

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