497話 ぶん殴って速攻でキメるよ
とりあえず柵は一人分通れる感じに開いたので、一人ずつ通ることに。
音をさせないように、慎重にだ。
「ふぅ……ヨル、そっちはどう?」
ルリーちゃん、ラッヘ、リーメイ……と続いているのを横目で確認しつつ、私はヨルのいる牢屋へと話しかける。
ヨルも同じように、力任せに檻から出てくるんだろうか。
そんなことを思いながら、じっと奥を見つめる。
「あぁ……大丈夫、問題ないよ」
そう言って、キィ……と鉄柵の扉が開く音が聞こえた。
そういえば、ヨルはゴルさんの
……開いた? 鍵が締まってるのに? こじ開けたんじゃなくて?
「ヨル、今のどうやって……っ、どうしたのそれ!」
出てきたヨル、コツコツと聞こえる足音に問い掛けるけど……
それが気にならなくなってしまうくらいに、私は衝撃を受けた。
なぜなら、姿を見せたヨルの顔は……頬が、腫れあがっていたのだから。
「やあエラン、久しぶり。こうして話すの考えたら、それこそいつぶり……」
「そ、それよりも! その顔、どうし……」
「エランさんっ、声を……」
あはは、となんでもないように笑うヨル。絶対なんでもない様子に私は疑問を畳みかけようとするけど、小声でルリーちゃんに注意される。
そうだ、大きな声を出して気付かれたら、面倒だ。
私は口を押さえつつ、ヨルに視線を送った。
「どうしたの、その顔」
「いやあ……たいしたことじゃないよ。ただ、ここに連れてこられる途中に、殴られたりして……」
「……!」
たいしたことじゃない、と言いつつ告げられるその内容に、私は言葉を失った。
ここに連れてこられる最中に、殴られた……だって?
なんだそれ、なんだよそれ。
「どうやら、今回の犠牲者の中に、兵士の家族がいたみたいでね。まあ……憂さ晴らしみたいなものか」
腫れた頬に触れつつ、ヨルは言う。
つまり……今回、魔獣を放ち国中がパニックになった件で、犠牲になった人は当然いる。その中に、ヨルを捕まえた兵士の家族もいた。
今回の事件の首謀者の仲間……だと思われたヨルが、八つ当たりで殴られたというのだ。
「そんな顔をするなよ。気持ちはわかるし……」
「だからって、顔が腫れちゃうまで……」
家族を奪われた人の憎しみや悲しみは、計り知れない。
だから、犯人の仲間に八つ当たりしたい気持ちも、わからなくはない。
でも……これは、濡れ衣なのだ。ただ、髪と目の色が黒いだけなのに。
「エランさん、全員出ました」
「……うん」
ルリーちゃんの言葉に、軽く深呼吸をして落ち着く。
今はとりあえず、ここから出ることが先決だ。
この場所は、出入り口は一つ。見張りは扉の外にいるとして、多くて二人……いや三人だろう。見張りなしってのは考えにくい。
通路はまっすぐ狭い道。階段があって、二人が並んで通れる広さはない。
この場所には何回か来たことがあるし、そもそも道は一つだから迷いようがない。
「とりあえず、この手枷を外れたらその傷治してあげるから。それとも、回復魔術は使えるの?」
「お、エランってばやっさしー。使え……るけどエランに治してほしいなぁ」
「……なんだ今の間は」
さて、と。私と、サラマンドラを投げ飛ばす力の持ち主ヨルなら、魔力がなくても兵士くらい倒せるだろう。
そして、倒した兵士から手枷の鍵を奪い取る。
もし持ってなければ……その時は、その時だ。
「見張りが二人なら、私とヨルで一人ずつ。一人なら、一斉に。三人なら……」
「あー……多分、外にいる見張りは二人だ」
「……確かに、感じる魔力は二人分だけど。魔力を感じない場合も、あるじゃない」
人間は、誰しも魔力を持っている。魔導を扱える扱えないは別として、魔力は誰でも持っている。
だから、集中すれば相手の魔力を感じ取れる……それでも、完ぺきではない。中には、魔力が小さい人間だっている。
感じ取りにくい人間だって、いるのだ。
でも、ヨルは……断言、している。
「そこにいる人数くらいは、わかるよ」
「なんでさ」
「転生者特典ってやつ!」
……また出たよ、わけのわからない言葉が。
「……まあ、いいや。じゃ、二人って前提で行こう」
「お、信じてくれんの?」
「多くて三人だと思ってたし。いくら予想しても予想は予想だから」
「あの……私たちは、なにもしなくても?」
「うん、大丈夫。むしろ、大人数で暴れたらかえって動きにくくなるから」
元々罪人を閉じ込めておく場所だから、暴れるような場所ではない。
この狭い空間では、下手に暴れない方がいい。
「二人で、大丈夫なんですか? 相手が、魔法を使ってきたら……」
「そうならないように、ぶん殴って速攻でキメるよ。それに、こんな場所で魔法を撃つバカはいないよ」
……なんか、自分の胸にブーメランが返ってきたような気がする。
以前、洞窟ダンジョンで魔術を放ったのは誰だって? あっはっは……
「速攻とか、すげー自信だねぇ」
「ヨルは、自信ないの?」
「まっさか。なんなら、どっちが先に仕留めるか競走する?」
「はっ、ガキだねぇ。いいよ、面白そう」
「えっ」
ルリーちゃんが、驚いたような声を漏らした。
私たちは扉の前に、屈みドアノブに手を伸ばす。
「じゃ、三、二、一で行くよ。
……そういえばさっき、どうやって扉の鍵開けたの?」
「そりゃ、鍵の部分を壊せば扉は開くだろう」
「……なるほどね。
じゃあま、行きますか。三、二……」
一……と、扉を開け放ち、私たちは外へと飛び出した。
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