496話 ここから出よう



「ねえ、ヨルはこれから、どうするつもりなの」


「……どうするって?」


「そりゃあ、ずっと捕まってるつもりなのかとか……」


 幸い、ここには見張りはいない。いたとしても、出入り口の扉の前によくて二人だ。

 なんたって、魔力封じの手枷を付けていて、唯一の出入り口は一つ。


 地下だから壁を壊して脱出することもできないし、そうしようと思えばあの扉を通るしかない。


「出ようと思えば出られる。そうでしょ?」


「……」


「え、そうなんですか?」


 私の問いかけに、ヨルは反応しない……けれど、ルリーちゃんが驚いた様子で反応した。

 自分の手首に嵌められた手枷を、じっと見つめる。


「でも、魔力を封じられているのにどうやって……」


「そりゃ、魔力を使わずに、だよ」


「?」


 ルリーちゃんが、きょとんとした様子で首を傾げている。


「えっと……」


「ほら、封じられてるのは魔力だけでしょ? だから見張りの兵士をぶん殴って気絶させれば、そいつが持ってる鍵を奪い取って手枷は取れるでしょう?

 こういうのって、見張りが鍵を持ってるのがお約束だし」


「な、なるほど…………ちなみに、この檻からはどうやって出るんですか?」


「へ? そりゃ、力任せにパキッと」


「……魔力を使わずに?」


「そりゃ、使えないからね」


「……」


 どうしたんだろう。ルリーちゃんの疑問に答えたつもりだったのに、ルリーちゃんが黙ってしまった。

 まるで私が、なにを言っているのかわからない……と言わんばかりだ。


 いやだって、この檻だって新品ならともかく所々さび付いてるし、力任せにぶん殴ったら壊せると思うんだ。

 ……壊せるよね?


「あはははっ、やっぱりエランは面白いな」


「!」


 ふと、さっきまで静かに答えていたヨルが高らかに笑い出す。

 そんなにも私はおかしなことを言っただろうか。


「ふぅ。なんか、相変わらずで安心したよ」


「それは褒めているのかい?」


「もちろん。

 というか、今までどこに行っていたのさ。みんな、心配してたぞ」


「それはまた、追々ね。

 それより、みんな無事なんだよね?」


「それも、追々な。

 ……ここから出た後に」


 どうやらヨルも、ここから脱出する考えになってくれたようだ。

 とりあえず脱出して身を隠す……それと同時に、今の状況を把握していく。


 黒髪黒目の人間は捕まえろ、なんてことになってるなら、兵士に見つからないように身を隠した方がいいもんね。

 ピアさんや街の人たちが私を見てもなにも言ってこなかったから、黒髪黒目の人間は捕まえろっていうのは兵士にしか伝えられてないものなんだろう。


 そうじゃないと国中パニックだもんね。黒髪黒目を探し出せーって。

 はぁ、私の分も認識阻害の魔導具買っておけばよかったなぁ。


「……」


 ……そこまで考えて、思う。エレガたちはここに置いていってもいいんじゃないか。

 元々、こいつらを引き渡すつもりでここまで連れてきたんだし。


 身を隠して行動するなら、人数は少ない方がいい。

 ……でもなぁ。


「んー……」


「なんだよ」


 こいつらから目を離すのは、なんだかよくない気がする。

 そもそもレジーを捕まえた時だって、いつの間にかエレガたちが助けて解放しちゃったみたいだし。


 考えたくはないけど、まだこいつらの仲間がいないとも、限らない。


「ま、仕方ないか。

 ……ヨル、ヨルって身体能力に自信はあるの?」


 とりあえずこいつらは連れ回すとしよう。

 この手枷さえ外れれば、『絶対服従』の魔法もまた効果を発揮するはずだ。


 ひとまずは、全員でここを出るか。


「そりゃもちろん。なんたって、異世界転生の特典で身体能力も大幅にアップしてるからな。

 魔力がなくても、その気になれば一人でも脱出できる」


 うん、なに言ってるのか半分くらいよくわかんないけど、自信があるというのならその言葉を信じよう。

 なるべく、手早く静かに済ませてしまいたい。だけど、それは難しいかな。


 それに手枷をしたままだから、なかなか難しいかもしれない。

 難しいかもしれないけど、やるしかない。


「よし」


 私は、目の前の柵を両手で掴む。

 そして力を込めて……両側へと、開いていく。


「ぬぐぐぐぐ……!」


 精一杯、力を込める……けど、柵はびくともしない。

 固く、冷たい柵。こんなの簡単に壊せると思ってたけど、わりと固いぃ……!


 魔力は封じられてるけど、筋力はそのまま……

 でもこれよくよく考えたら、筋力とかあんまり関係ないんじゃあ……!?


「うぎぎぎぎぎぃ……ぬ、ぉおおおお……!」


「わっ……?」


 目を閉じて、渾身の力を込めて柵を左右に引っ張っていく。

 ギギギ……という音が聞こえたけど、今はとにかく、力いっぱいに引っ張るだけだ!


 そうじゃないと、ルリーちゃんたちがここから、抜け出せな……


「す、すごいです! エランさん!」


「へ……?」


 隣から、喜んだようなルリーちゃんの声が聞こえた。

 私はゆっくり、目を開くと……そこには、まっすぐに立っていた柵がそれぞれ左右へと、ぐにゃりと開いた光景があった。


 これなら、人一人は通れる! ここから、出られる!


「すごーい、エランすごーい!」


「いやぁ、あははそうかなぁ」


「……化け物かよ」


 喜ぶ私たちを見ながら、エレガたちが顔をひきつらせてなにかを言っていたけど、私は聞いていなかった。

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