460話 いい人か悪い人か



「……んぁ……?」


 眠っていた意識が、徐々に覚醒していく。

 目を覚ますと、そこは知らない天井……真っ白な、天井があった。


 まぶたを二、三回開いては閉じて、首を動かして周囲を見回す。

 すると……


「お、目が覚めたか」


「!」


 近くの椅子に、魔女さんが座っていた。

 他には、誰もいない。ここは、部屋の中か……それに、私が寝転がっているのは、ベッドの上。


 私、なんでこんなところで寝て……


「ぁ……」


 思い出そうとして、眠ってしまう前のことを思い浮かべて……思い出した。

 その瞬間、私の体は弾かれたようにベッドから起き上がり、魔女へと視線を向け、睨みつけた。


 そうだ。温泉に入って、スッキリしてその後ここでご飯をごちそうになって……そしたら、急に眠気が襲ってきて。

 つまり、料理になにか盛られていた……?


「どうした、起きるなりそんな怖い顔をして」


 魔女は、余裕そうな笑みを浮かべている。


 しまった、杖がない。温泉に入ったときにホルダーごと外して、服と一緒に袋の中だ。

 どのみち、身につけていたとしても眠っている間に取られてしまっていただろうけど。


 今の私は、丸裸も同然。そして相手は、自分を魔女と名乗る人物だ。

 これは……まずいかもしれない。


 いや、いざとなればクロガネを呼び出して……


「落ち着けよ。そんなに殺気を漏らして、どうしたんだ」


「とぼけないで。なにか、料理に盛ったんでしょ」


「盛った……?」


「そう! だからあんな急に眠気が来て、みんな……

 ! そう、みんなはどこ!」


 料理を口にして、眠った。料理になにか盛られていたのなら、私と同じく料理を口にしたみんなも、眠っているはずだ。

 ここにいるのは、私だけ。みんな、どこへ?


 ルリーちゃんやリーメイはまだしも、エルフであっても記憶がなくなっていふラッヘを一人にしておくのは、危険だ。

 早く、合流しなければ。


「なにをそういきり立って……あぁ、そういうことか」


 魔女は、私とは対称に冷静だ。

 その冷静さが、私の中の焦りを大きくすることに、気づいているのだろうか。


「お前は、私が料理に毒でも盛って、眠らせたと思っているんだな」


「思ってるもなにも、実際に……」


「私はなにもしていないが」


 ……ん?


「いや、なにもって……そんなわけは」


「私も少し焦った。うまそうに料理を食べていたと思ったら、当然全員眠ったんだからな。

 ま、ここに来て旅の疲れが一気に出たのだろう」


 ……私は、なんとか魔女の言葉を理解しようと、なんとか頭を回転させる。

 料理にはなにも盛っていない。なのに私たちは眠くなった。旅の疲れ。


 温泉に入ってスッキリして、おいしい料理をお腹いっぱいに詰め込んで……安心したことで、緊張の糸が切れた?


 つまりは……お腹いっぱいになって、寝ただけ……?


「…………」


「頬を引っ張ってもなにも変わらないぞ」


「ええと……大変、失礼しました」


 冷静になってみれば、魔女さんが料理に毒を仕込む理由がない。

 私たちになにかするつもりなら、毒なんか仕込まなくても……いくらでも、方法はある。


 だってこの人、かなり強いから。

 クロガネがいれば、とは思うけど……なんでか、クロガネの力はあてにできない。そんな気がする。


「まったく、私がお前たちを害するなら、いくらでも機会はある。わざわざ料理に毒など仕込まん」


 私が考えたことを、まるで読み取ったかのように魔女さんは言う。


「というか、毒を仕込むなど、料理への冒涜だ。そんなことはせん」


「はい……」


「こう言ってはなんだが、私はお前たち全員を相手にしても勝てる自信がある。

 凄まじい使い魔もいるようだが、召喚を封じる手などいくらでもある」


 うぅ、考えていたこと全部ピンポイントで言われちゃったよぉ。

 この人には、隠し事も通用しなさそうだ。


 私たちになにかする気なら、それこそ温泉への行き帰りという隙だらけの時間もあったわけだしね。


「疑ってごめんなさい」


「まあ、いいさ。気持ちはわからんでもない。こんな得体の知れない人間相手に、警戒するなと言うほうが難しい」


 得体の知れないって自分で言うのか……いや、でもそうだな。

 いい人だって思っておきながら、私はまだこの人を疑っていたわけだ。


 モンスターだらけのこの村で、唯一の人間。どこか親近感を感じていた部分もあるけど、だからって信用していたわけでもないのか。


「ただ、これで私が無害な人間だとわかってくれたかな?」


「それは、うん……」


 今私がこうして、無事目覚めたのがその証拠だ。なにか悪いことを考えていたなら、寝ていて無防備な私になにかしているだろう。

 ここまで来てまだ私を騙そうとしている、って線もないよな。


 うん、この人はちゃんと信用できる人だ。


「じゃあ、他のみんなは……」


「それぞれ、部屋に運んだ。言ったろう、どこでも好きな部屋を使っていいと」


 どうやら、他のみんなも私と同じように、部屋に運ばれたらしい。

 魔女さんが言っていたように、一人一部屋以上のスペースがあるみたいだこの家には。


 とりあえず、みんなの無事もわかって一安心だ。


「これで、心配事もなくなったか」


「あー、うん。ご迷惑をおかけしました」


 私ったら、勝手に変な想像しちゃって、盛り上がって……恥ずかしい!

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