459話 お腹も空いたので



「ふはぁ、さっぱりしたよぉ」


「はいぃ、久しぶりのお風呂で、しかもこんなに広いなんて……」


「気持ち良かったー!」


「人間もいいものを作るよねぇ」


 温泉を堪能した私たちは、着替えを終えて外に出た。

 魔女さんが用意してくれたのは、白い生地の、羽織るものだ。薄手だけど、意外とあったかい。それに、もこもこしている。


 まあ要はバスローブだ。ただ、学園に用意されていたものよりも生地がしっかりしている気がする。


「じゃ、魔女さんの家に戻ろっか。

 パピリ、案内お願いね」


「任せて!」


 元気いっぱいなパピリは、温泉上がりのおかげか全身の毛がつやつやきれいになっていた。

 そしてパピリの大きさのバスローブもあり、それを着用している姿はとても愛おしい。


 トコトコと歩いていくその後ろ姿を、私たちはついていく。

 周囲は、暗くなっているためか人……じゃなくてモンスターは外には出ていない。


 なんか、夜行性のモンスターとかは外で活動してそうだけど……そういうものでも、ないらしい。


「考えてみれば、モンスターが家で寝泊まりしてる時点でなにもかも違うのか」


 モンスターって言えば、まあ外で活動している。

 人の手によって飼われているモンスターでも、ほとんどは外で寝泊まりしている。よほど人に慣れていて、かつ小さければその限りじゃないけど。


 だからこうして、自分の家を持ってその中で寝泊まりしているというのは、私の中の常識では計れないな。


「ついたよ! 開けてー!」


 しばらく歩くと、さっき見たばかりの白い建物。

 特徴的なその家は魔女さんの家だとわかる。が、やっぱり扉が見当たらない。


 さてどうしたものか、と思っていたラ……パピリが、建物の壁をドンドンとたたき始めた。

 あぁ、さっき叩くなって言われてたのに。


「何度言わせるんだ。壁を叩くなバカうさぎ」


「バカじゃないよ!」


 建物の中から声が聞こえ、壁の一部が動き出す。さっきと同じだ。

 そして開いた先に、長い廊下がある。私たちは、建物の中に足を踏み入れる。


 先ほどと同じように、廊下を歩いていくと……


「どうやら、さっぱりしてきたようだな」


 魔女さんが、長い脚を組んで座っていた。

 うわぁ、こうして見るとやっぱり美形だなぁ……あ、この言い方だと遠回しに師匠を褒めてるみたいだ。


 いやまあ、師匠も美形ではあるんだけどさ。


「うん、おかげさまで」


「素敵な温泉でした! ありがとうございます!」


 食い気味に、ルリーちゃんがお礼を言う。本人が言うように、よっぽどお気に召したようだ。

 魔女さんも、「それはよかった」と笑みを浮かべていた。


 笑った顔も、やっぱり師匠にそっくりだなぁ。


「なら、次は腹ごしらえだな。存分に味わうといい」


 またも魔女さんがパチン、と指を鳴らすと、大きなテーブルの上にたくさんの料理が並んだ。

 お皿に盛り付けられた料理が、いっぱいだ。お肉にお魚に野菜……いろんな種類のものが。


 しかも、いいにおい……においだけで、よだれが出てきちゃうよ。


「い、いいの?」


「もちろんだとも」


 くぅ……とお腹が鳴ったのがわかった。

 実は、めちゃくちゃお腹が減っている。魔大陸では運良く食べ物には困らなかったし、昨日だって一応食べるものは確保できたけど。


 こんなに、美味しそうな料理は……久しぶりだ!


「わぁ、おいしそー……いただきます!」


「あ、ラッヘっ」


 私たちが見とれていると、我先にと椅子に座ったラッヘが、バクバクと料理を食べ始めた。すごい勢いだ。

 ただでさえおいしそうな料理を、ラッヘがおいしそうに食べていることで、私たちの食欲も増していく。


 これは……もう、我慢できそうにない!


「じゃ、じゃあ私も!」


「いただきます!」


「いただきまーす」


 みんながそれぞれいただきますと口にして、料理を口にする。

 お肉を食べた瞬間、口の中に広がる肉汁……それに、この柔らかさ、香り。昨日食べたおっさん鳥の丸焼きとは、全然違う。


 食事を進める手が止まらないとは、このことだ。

 ちなみにパピリは、隣でにんじんをかじっていた。


「そんなに急いで食べなくても、料理はなくならんぞ」


 少し呆れたように話す魔女さんの言葉も、耳には入ってくるけど聞き流していた。

 だって、おいしいんだもん。手が止まらないよ。


 それからしばらく、少しはお腹が潤ったところで、ようやく手が止まった。


「ふぁあ……しあわせ……」


「はは、そんなに喜んでもらえたなら、なによりだ」


 いやあ、温泉を紹介してもらっておいしいご飯を食べさせてもらって、おまけにここに泊めてくれるという。

 まさに、至れり尽くせりってやつだ。


 ただ……


「どうして、ここまでしてくれるの?」


 疑問は、あった。どうして、ここまでしてくれるのか。

 私たちは、この村に初めて来た。よそ者で、警戒こそしても親切にする理由はどこにもない。


 それなのに、この人はなんでこんな親切に、してくれるんだろう。


「なあに、簡単なことさ。困っている時はお互い様、というやつだ」


 私の疑問に対して、魔女さんは笑みを浮かべたまま答えた。

 それが本当なら、この人すごくいい人だ。


「それに……私にも、利があるからな。キミたちを泊めることは」


「え……?」


 ふと、視界が揺らいだ。

 落ちそうになる頭をなんとか押さえるけど、視界がぼやける。意識も、なんだか朦朧としてきた。


 これって……まさか!?


「……っ」


 隣を見てみれば、ルリーちゃんも、ラッヘも、リーメイも……眠っていた。

 これ、まさか……料理の中に、なにか……


「ふっ……おやすみ」


「な……」


 突如襲い来る眠気に、抗う方法などなく……笑みを浮かべたままの魔女さんを最後に、私の目は閉じ、意識は途切れた。

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