440話 この世界にはないもの



 魔大陸から人大陸に帰ってきて、徒歩で目的地に向かって足を進めていた。

 その途中、目前に見えたのはたくさんの塔が立っている場所。周囲を壁が囲っているわけでもないので、国ではなさそうだ。


 これが建造物である以上、人がいる可能性が高い。

 近づいてみてより鮮明になったけど、塔はどれも均一の太さ、長さだ。それに、灰色っぽい。


 触れる位置にまで近づいたので、恐る恐るそれに触れてみる。指先でつんつんと……次第に、手のひらをくっつけるように。

 うーん……すべすべ、はしてないな。ざらざら……? なんか、石でも撫でているような感覚だ。


「でも、石じゃないっぽいよな」


 コンコン、と塔を叩いてみる。小気味いい音が鳴るけど、材質が石かどうかは判断に困る。

 どっちにしろ、自然にできたもの……ではなさそうだ。


 となると、周辺に誰かが住んでいるはずなんだけど……


「誰もいない……」


 こんなにたくさんの塔が立っているのだから、これを立てた人たちが住んでいるはず。

 そう思っていた私の考えは、見事に外れてしまった。


 うーん、人がいないどころか、人が住んでいるはずの家もない。荒野に、たくさんの塔が立っている。

 なんなんだろうな、これ。


 触っても問題はなさそうだし……ただ、用途がわからない。


「……ん?」


 ふと、近くのエレガたちが目に入る。

 彼らは、この塔をまじまじと見上げていた。物珍しさから……とは、ちょっと違う感じがする。


 まるで、見慣れたものを見るように……それでいて、この場にあるはずのないものを、見るように。


「これ、なにか知ってるの?」


「! お前、自分の知りたいこと聞くときだけ拘束解くのやめろや」


 エレガの口の拘束を、外す。

 エレガは私を、苛立ちげに見ていた。まあ、それも当然かもしれないけど。


 リーメイのときもそうだったけど、わりとこいつらいろいろ知ってるなぁ。


「いいから、聞かれたことに答えなよ。喋れるだけマシだと思いな?」


「なんだこいつっ……はぁ」


 エレガは、諦めたかのようにため息を漏らした。


「お前らは、これを塔だ塔だってはしゃいでたが……」


「別にはしゃいではないよ」


「……こいつは、電柱によく似てる。てかそのものだ」


 じっと、そびえ立つ塔を見つめて……エレガは、それの名前を口にした。

 デンチュウ、と。


「デンチュウ……?」


 聞いたことのない、名前だ。私は首を傾げる。

 同じくその言葉を聞いていたルリーちゃんもまた、首を傾げる。


 またも、私の……いや、私たちの知らない言葉だ。


「電信柱、でもいいけどな。ま、この世界の人間が知らないのも、当然っちゃ当然か。俺らも、この世界で見るのは初めてだし」


 そしてまた、この世界で……か。エレガの言う、イセカイとやらが関係しているのか。

 というか、エレガたちってルリーちゃんの故郷を襲ったんだよな……正確な時期は知らないけど、ここ数年の話ではないだろう。


 こいつらが年を取ってないのもそうだし、その長い期間このデンチュウとやらを見たことがないってのも疑問だ。


「この場所に来たことは、ないんだ」


「こんな大陸の果てまで来るかよ」


「ふぅん」


 エレガの言うことを全部信じるわけじゃないけど、エレガの言う通りなら……このデンチュウは、この場所にしかないもの、っていうことになる。


「でも、どうしてこれがその、デンチュウだとわかったんです?」


「んなもん、見りゃわかる。てっぺんに、アンテナがあんだろ」


 続いてルリーちゃんの疑問に、エレガは空を……デンチュウのてっぺんを、顎で指す。

 それに従って、私たちも視線を上に向けた。


 デンチュウのてっぺんには、黒い……棒状の、長細いなにかが立っていた。

 それは、周囲のデンチュウも同様に。それだけじゃない……黒い棒と黒い棒を繋ぐように、黒いロープみたいなものが、結ばれている。


 なんだ、あれ……


「あれが、アンテナだ」


「なにをするものなんです?」


「なにって言われてもな……わかりやすく言えば、あれに電気流してんだよ」


 エレガから、デンチュウなりアンテナなりの説明があったけど……ぶっちゃけた話、その半分も理解できない。

 デンキ? を流す? なに言ってんだこいつ。


「あー、この世界には電気はねぇもんな」


 私の表情を見て、私が理解していないことを理解したのだろう。

 エレガは軽くため息を漏らして、話した。


 デンチュウにアンテナにデンキ。聞いたことのない単語がたくさんだ。


「ねえ、デンキってどういう……」


「それにしても、電気の存在しないこの世界に、電柱? ありえねえだろ。模したものなら、アンテナまでご丁寧に付ける必要はねぇし……そもそも、なんで電柱の存在をこの世界の人間が、知ってんだ? もしかしたら……」


 なんか、エレガがぶつぶつ考え込んでしまった。むむぅ、私を無視するなんて。

 だけど、私よりもエレガのほうが、このデンチュウってのには詳しいみたいだし。好きなだけ考えるといいよ。


 私たちは、他に人がいないか探そう……って、探すような場所もないんだけど。


「このデンチュウ、気になりますけど……ベルザ王国への手がかりは、なさそうですね」


「そうだね」


 ルリーちゃんの言葉に、私はうなずく。

 気になるもの……エレガ曰く、この世界にはないものの存在。それは、気になるけど。


 今の私たちには、関係のないものかな。

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