441話 黒髪の悪魔



 結局、ここに人は住んでいないみたいだ。

 人の気配もなければ、家のような建物さえもない。あるのはこの、デンチュウという建造物だけ。


 これは、どうやらエレガたちにとっては馴染みが深いものらしいけど……私たちにとっては、関係のないものだ。

 ベルザ王国に帰る手がかりさえあればよかったんだけど、それさえもないのなら、用事はない。


 そう思って、足を進めようとしたところで……


「何者じゃ!」


「ん」


 誰かの声が、聞こえた。それは、私たちの誰のものでもない声だ。

 声の聞こえた方向に、首を向けると……


 そこには、一人の老人がいた。


「えっと、誰……?」


 当然、見たことのない人だ。

 背は高くなく、横に太い感じの老人だ。白ひげを生やしていて、腕も足も太い。


 彼は、自分の背丈ほどもある木の棒……いや、魔導の杖を持ち、私たちに向けて構えている。

 そこには、明らかな敵意が見えた。


「怪しい連中め! もう一度聞くぞ、何者だ!」


 杖を握る手に、力が入る。このまま黙っていたら、魔法が飛んでくるのは目に見えている。

 なので私は両手を上げ、敵意がないことを訴える。


「えっと私たちは、怪しい者では、ないです」


「なにを戯言を! 黒髪の悪魔め!」


「? あく……なんのことを……ってルリーちゃん! 落ち着いて! 杖出さないで!」


 老人は、なぜか私のことを、黒髪の悪魔と呼んだ。

 それに対して、思い当たることはもちろん、ない。だけど、そこにルリーちゃんが動いた。


 足を一歩出し、魔導の杖を取り出そうとしていた。私はそれを、焦って止める。


「だってあの人、エランさんのこと悪魔って……」


「いやまあ、そうかもしれないけどいきなり……」


「なんと、ダークエルフもいるのか! この、災いの下め!」


「わ、私は……って、エランさん! 落ち着いてください! 杖向けないでください!」


 あのじじい、私のことはともかく、ルリーちゃんのことまで悪く言いやがった!?

 これはもう、徹底抗戦しかない!


 ルリーちゃんに羽交い絞めにされ、もがく私は、なんとかじじいに杖を向けようとして……


「こんにちは!」


「……」


 いつの間にかじじいの目の前まで移動していたラッヘが、じじいに挨拶をしているのを見た。

 思いもよらない展開に、私は少し頭が冷えるのを感じた。


 そして、じじいもまた、あっけに取られていた。


「なっ……え、エルフ? なぜ、人間やダークエルフと一緒に……」


「こんにちは!!」


「え、あぁ……こんにちは」


 記憶をなくし、子供のような性格になってしまったラッヘ。

 その事情を知るよしもないが、怒涛の挨拶ラッシュに、じじいは根負けしたように、杖を下ろした。


 それを見て、私も深く息を吐いて、落ち着く。ルリーちゃんが、私を離す。


「えっと……落ち着いてくれた?」


「そっちこそ」


「それは、じじ……おじいさんが、ルリーちゃんのことを悪く言うからじゃん」


 私は杖を仕舞いながら、じじいに近づいていく。

 ラッヘは、無邪気な性格になっている。だから、敵意もない。


 その無邪気さに当てられて、じじいの敵意も収まってくれたってわけか。


「で……お前たちは、何者じゃ」


 ただ、警戒まで解いたわけでは、ないみたいだ。

 まだ鋭い視線が、私を射抜いている。


 何者って言われても……反応に、困るよな。


「えっと、私はエラン。ここへは、ちょっと自分の住んでた国に帰るために、通っただけっていうか」


「……こんな大陸の果てにか?」


「そう言われてもな……」


 ここで、変なじじいと会話を長引かせても、得はなさそうだしなぁ……

 要点だけ話して、さっさと通してもらおう。


「ちょっと魔大陸まで飛ばされちゃって、さっきようやくこの大陸に戻ってきて、それから国へ帰ろうってしてたところだよ」


「…………わしは、いつの間にかボケてしまったのかのぉ。お前さんの言っていることが、半分も理解できん」


 だろうね。私も自分でなに言ってるのか、よくわかんないもの。

 だけど、真実だ。理解できなくても、真実だ。


「ま、私の話を信じても信じなくてもどっちでもいいけどさ。あなたに危害を加えるつもりはないし、ただここを通させてもらいたいだけだから、気にしないでよ」


「……そうか。コレに危害を加えないと言うのなら、構わない」


 ……コレ、か。コレというのは、デンチュウのことだろう。ここにはデンチュウしかないんだし。

 自分ではなく、デンチュウのことを気にするのか。


 ってことは、やっぱりこのじいさん、デンチュウのことを知っている人なのか。


「あの……さっき、エランさんのことを、黒髪の悪魔って呼んでいましたけど」


「ルリーちゃん?」


 ここから去ろうと考えていた私だけど、隣でルリーちゃんが口を開いた。

 それは、予想外だった。


「だって、エランさんのことをそんな風に言うなんて……悪気がなかったとしても、それがどういう意味か、知っておきたいんです」


 それを知りたいのは、あくまで私のため、か。

 ルリーちゃんらしいというか、なんだかありがたいな。


「すまんな、別にその娘個人を指したわけではない。だが、昔からの言い伝えがあってな」


「言い伝え?」


「あぁ。黒髪黒目の人間は、この世界に災いをもたらす……とな」


 ルリーちゃんの疑問に、じいさんは静かな口調で……答えていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る