437話 見えた目的地



 クロガネの速度は、私たちが普通に歩く何倍、何十倍……それ以上に、速い。

 だけど、魔大陸を抜けても別の大陸どころか、まだ島一つさえも見えない。


 広大な『ウミ』が広がっているだけだ。大陸はかなり大きかったけど、『ウミ』って言うのはそれ以上に大きいんだな。


「ねえ、リーメイは足がお魚なのに、水の中居なくてもだいじょうぶなの?」


「うん、問題ないヨ。人と同じように、生きていけるようできてるかラ」


「そっかー」


 他にやることがないと言えばそうなんだけど、ラッヘとリーメイの会話が耳に届く。

 感性が似ている二人は、ずっとしゃべっていても飽きないようだ。見ていて微笑ましい。


 多分、人間の国に行ったことのないリーメイ。エルフ族だから長く生きてきたけど、そのすべてを忘れてしまったラッヘ。

 二人にとって、人間がたくさんいる場所に行くのは、初めてだ。


「リーメイは、これまで人間にあったことはあるの?」


 私は、聞いてみる。リーメイがいたのは、魔大陸の近くの『ウミ』だ。

 あの付近に、人は住んでいない。魔族ならまだしも、人間に会ったことはあるのだろうか。


「昔、会ったことあるヨ。でも、ここ百年ほどは会ってないかナー」


「私は会ったことない!」


 リーメイが答え、その次にはいっ、と手を上げたラッへが答える。

 ラッへの場合、人に会ったことがないのではなくて、その記憶も丸々忘れてしまっているということなのだけど。


 それよりも……今リーメイ、すごいこと言わなかった?


「ひゃ、百年?」


「うん、百年!」


 私の疑問に、リーメイは当たり前だというように答えた。

 なんだろうこの反応。私がおかしいのか? なので、ルリーちゃんを見る。


 だけど、ルリーちゃんもまた、驚いた表情を浮かべていた。


「……人魚族って、百年も生きるの?」


『人魚族の血は、不老不死になる力を持っていると言われている。その血を持っている人魚族自体も、エルフ族ほどではないが長生きだし、よほどのことがないと死なん』


「へぇー」


 ニンギョ、不老不死……まだまだ知らないことが、たくさんあるな。

 血が、不老不死ねぇ……すごいんだな。


 だけど、そんな力持ってるってわかったら、いろんな人たちが狙ってきそうだ。

 特にここにいるエレガたちには、聞かせられない話だね。


「クロガネさんは、なんて?」


「……ニンギョ族も、長生きする種族なんだってさ」


「そうなんですね」


 クロガネの言葉が聞こえないルリーちゃんには、私の言葉で伝えるしかない。

 嘘は、言いたくないけど……エレガたちが聞き耳を立てているかもしれないので、心苦しいけどごめん、ルリーちゃん。


 ……本人に、自分にそんなすごい血が流れているという自覚は、あるのだろうか。


『む、契約者よ。大陸が見えたぞ』


「! ホント!?」


 クロガネの呼びかけに、私は進行方向を見た。

 先には確かに、大陸のようなものが見える。ようやく、『ウミ』以外の景色が見られた。


『人大陸だな、間違いない』


「じんたいりく」


 それは多分、私たちが暮らしていた……大陸の名前なんだろう。

 よかった……なんにせよ、これでみんなのところに帰れる。


 見知った土地に入ってしまえば、魔力探知で知っている人の魔力を探せばいい。クロガネの速度なら、あっという間だ。


「ようやくですね、エランさん」


「うん」


 魔大陸に飛ばされてから、約一週間……だっていうのに、実際にはもっと長くいたような気がする。

 いろんなことがあったもんな。クロガネと会って、魔族と会って、エレガたちと戦って、ラッへの記憶がなくなって……


 さっきには、ニンギョのリーメイとも会った。


「みんな、無事だといいけど」


 だけど、いろいろあったのはきっと、私たちだけじゃない。

 残されたみんなにも、いろいろあったはずだ。


 早く、会いたい。結局、ルリーちゃんのこととか、いろいろどうするかはまだ、答えが出ていない。

 それでも……会いたいんだ。みんなに。


「ようやく……」


 戻ってきた……魔大陸に飛ばされたときは、どうなるかと思ったけど。

 だけど、大陸が近づいてきたとき……クロガネは、飛ぶ速度を緩めた。


「! どうしたの、クロガネ。もしかして、疲れちゃった?」


『いや……そうではないのだが。このまま大陸に入って、いいものかと思ってな』


 動きを緩めたクロガネが、どこか心配そうな声で言う。

 その意味がわからずに、私は首を傾げていたんだけど……しばらく考えて、ようやくその意味がわかった。


 そうだよ……クロガネみたいな巨大なドラゴンがいきなり上空に現れたら、みんなびっくりするよ。そもそもドラゴンなんて存在自体、不明点の多いものだ。

 もしかしたら、敵だと間違われて狙い撃ちとか、されるかもしれない。


「なるほど、それは困るね……というか、私が気づくことだったよね。ごめん」


『気にすることはない』


 クロガネが飛んで行けばすぐに目的地につくけど、その途中で他の人を怖がらせたり、狙われたのではたまったものではない。

 体を透明にする……って魔法は、使えなくはない。でも、さすがにクロガネほどの大きさを透明にするのは無理だ。


 今の私の力じゃ、人一人……せいぜい二人。

 クロガネの頭一つを透明にできれば、いいほうだろう。


 これは、このまま進むわけにはいかない。なので……

 大陸の端に着陸し、ここからは歩いて目的地を目指すことにした。

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