435話 人魚との出会い



 広大な『ウミ』を見ていたら、誰かが溺れているのを発見した。クロガネが。

 そのため、溺れている人を救出するため、『ウミ』へと近づいていく。


 『ウミ』との距離が近づくに連れ、先ほどまでは聞こえなかったザザァ……という音が、超えてきた。

 水が波打ち、音を立てているんだ。


 ここまで近付けば、さすがに誰かが溺れているというのは、私の目から見てもわかる。

 バシャバシャと水を叩いて、沈んでしまわないように必死な姿だ。


「え、エランさんっ」


「わかってる。よい、しょ」


 私は魔導の杖を抜き取り、魔力を込める。

 魔大陸を抜けたおかげか、魔力の調子もいい。クロガネの補助がなくても、大丈夫そうだ。


 私は、溺れている人に魔法をかける。浮遊魔法だ。

 魔法にかかった人は、水から打ち上がり、宙へと浮いた。


 そしてそのまま、クロガネの背中へと移動させるわけだけど……


「えっと……」


「これは……」


 溺れていた人物の姿を見て、私もルリーちゃんも言葉を失った。

 だって……その人の下半身は、お魚だったのだから。


 本来人の足が生えている部分が、魚の尾ひれになっている……だと?

 え、なにこれ。どういう状態なの?


「ぶぇっ、げぼ! ぶふっ、ぶぁっ、は! た、助かったぁ!」


 下半身お魚さんは、しばらくぐったりしていたけど……口から大量の水を吐き出して、ぜーぜーと息をしていた。

 背中に水をぶっかけられたクロガネは、あんまりおもしろくなさそうだった。


「えぇと……」


「おぉ、人魚じゃねぇか! 生で見るの初めてだ!」


 彼女になにを聞こうかな、と思っていたところで、声を弾ませたのはエレガだった。

 どうやら、この子のことを知っている……いや、この子の種族を知っている、のか。


 なんかいろいろ知ってるなぁこいつ。


「ニンギョ?」


「なんだそれも知らねえのか。上半身が人間で、下半身が魚の種族のことだよ。実際に見るのは初めてだな」


 なんだよ、見たまんまじゃないか。使えない情報だな。

 それにしてもエレガのやつ、なにをニヤニヤして人魚を見ているのか……


 ……あっ、こいつ!


「な、なんで裸なの!?」


「?」


 ニンギョは、服を着ていなかった。代わりに、おっぱいには貝殻が貼り付いていて、大事なところは見えないようになっているけど……


「服着てたら、濡れるからじゃねーの」


「それもそっか……じゃなくてっ、見るなばか!」


「っ、アーッ!?」


 冷静に考えれば、服を着たまま水には入れない。まあそれが理由かはわからないけど。

 ともかく、エレガがニヤニヤしていたのは、ほとんど裸のニンギョを凝視していたためだ。


 なので私は、エレガの目に指先で目潰しをする。

 エレガは倒れた。


「ふぅ。……それにしても、結構大きいな。ルリーちゃんとどっちがあるかな」


「エランさんまで変な目で見るのやめてください!?」


 ルリーちゃんをちらっと見ると、ルリーちゃんは胸元を隠してしまった。

 別に、そんなつもりではなかったんだけど……こほんと咳払い。


 改めて、ニンギョを見る。上半身は人間、下半身は魚……髪の毛は薄い青色で、瞳は海のように深い青だ。

 この子、さっきからきょとんとしたままだな……こんな格好でも、恥ずかしくないのかな。


「さっきはありがト! おかげで助かったヨ!」


「えっ。あぁ、うん」


 初めて見るニンギョを観察していたら、いきなり明るい声をかけられてしまった。

 て、テンション高いな、この子。


「いやぁ、リーは人魚なのに、泳げなくってネ! 泳ぐ練習をしていたんだけど、溺れちゃって、どうなることかと思ってたんだヨ!

 あ、リーはリーメイって名前なノ! よろしくネ!」


 ……なんか、すごい喋るよこの子。

 ニンギョ……リーメイという名前の、女の子。下半身が魚なので、泳げるんだろうと思っていたし、実際にニンギョは泳げるものらしい。


 なのに、リーメイは泳げない。だから、泳ぐ練習をしていたと。

 まあ、人には得手不得手があるから、そこのところは深く突っ込むつもりはないけどさ。


 なんか、明るい子だな。それに、語尾がいちいち高く声を上げているのが、なんかかわいらしい。

 見た感じ、私たちと同じくらいってところだろうか。


「ねえ、クロガネはニンギョ族って知ってる?」


『名前くらいはな。人魚族は、あまり人前に姿を現すものではない。主に水中で生活しているからな』


 普段は水中で生活しているのか、ニンギョって。それを見ることができるのは、ラッキーってことなんだろう。

 リーメイの場合、泳げないなら普段は陸地で生活しているのだろうか。


 主に水中で生活しているってことは、ニンギョは陸地でも生活はできるんだろうし。


「あの、なんとなく助けちゃったけど……」


「うん、ありがト!」


「……どこか、近くまで送ったほうがいい?」


「ところで、あなたのお名前ハ?」


「えっ、あ、あぁ……まだ名乗ってなかったね。エランだよ」


「エラン! いい名前だネ!」


 おおぅ、この子なんだかすごくマイペースって感じだ。

 ただ、話していて不思議と楽しくなるな。


「エランたちは、ドラゴンに乗って魔大陸からお散歩?」


「いや、魔大陸に飛ばされちゃって、今から元の国に帰るところだよ」


 クロガネに乗って魔大陸からお散歩……そう見えちゃうのか。

 それは違うと否定して、軽く説明する。


 するとリーメイは、目を輝かせた。


「エランの国! 人間の国!? リー、行ってみたイ!」


 手を組むようにして、人間の国に行ってみたいと、口にした。

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