433話 しょっぱいにおい
「はー、すごい楽ちんだ」
クロガネの背中で身を任せていると、全身に当たる風が気持ちいい。
それに、自分の足で歩かなくてもいいからとても楽だ。クロガネには、負担を強いることになってしまっているけど。
でも、クロガネは平然とした表情だ。クロガネの体型からしたら、私たちを乗せるくらいはなんてこと、ないんだろう。
「クロガネってさ、好きな食べ物とかあるの?」
『……どうした急に』
「いや、これだけいろいろしてもらってるからさ。お礼ってわけじゃないけど、好物でもあればごちそうしたいかなって」
『そのようなこと、気にすることはない。ワレと契約者の関係は対等だ……礼などと、考える必要もない。
それにワレには、好き嫌いはない』
「そっかぁ」
んー、まあ……契約を結んだ者同士、変に遠慮するのも逆に失礼になるのか。
師匠も、使い魔に関しては持ちつ持たれつの関係が理想的、と言っていたし。
ただ、自分と契約した相手を労うのは、悪いことではないよね。
「それにしても、広いですよね。クロガネさんに乗っていても、結構速いですけど」
「まあ、大陸だからね」
ルリーちゃんが、周囲の景色を見ながら言う。
景色は、相変わらず変わらない。荒野の大地に、殺風景な景色。塔を発ってから、また代わり映えのない景色だ。
クロガネがいくら速いって言っても、ここは大陸だ。移動には、それなりの時間を要するはず。
元いた大陸につくまで……いや、魔大陸を出るまでは、このような景色が続くだろう。
「ほらラッへ、あんまり乗り出したら落ちちゃうよ」
「はーい!」
ラッへは、相変わらずクロガネから乗り出し、下を見ている。景色は変わらないけど、見ていると面白いらしい。
落ちても、魔法で助けられるとはいえ……あんまり、危ないことはしてほしくはない。
そういえば、記憶がないってことは……魔法も、使えなくなっちゃってるんだろうか。
「あの、ところで……あれは……」
「ん?」
ルリーちゃんが、困ったように指をさす先には……エレガたちがいた。手足を拘束されたままの。
ただ、それだけではない。口も、塞いでしまっている。
「さっきからギャーギャーうるさいから、口を閉じさせたんだけど……なにか、だめ?」
「だめ……というか、なんと言いますか」
ルリーちゃんはどこか、困ったように眉を寄せている。
確かに、四人の男女が手足と口を拘束されている姿は……直視できないってのはわかる。
だけど、こいつらの口を開いていたらなぁ。記憶を失って子供みたいになってるラッへや、ダークエルフのルリーちゃんのことを、次々悪く言うんだもんな。
それを聞くのが不快で、こうして黙ってもらったわけだ。
「それに、口開いたままだと、魔術の詠唱でもされたらたまんないし」
「それは……まあ、そうですね」
魔術を使うには、詠唱が必要だ。無詠唱魔術という例外はあるけど、ほそんなものが使えるならもっと早く使っているだろう。
そもそもこいつらが魔術を使えるか自体、わからないんだけど。
なんにせよ、口を自由にしてたら詠唱を口にされる危険性があるし。そういうのなか敏感なクロガネは、今は飛行に集中してるしね。
それに、ないとは思うけど自分で舌でも噛み切られたら、たまったもんじゃない。
「あ……」
「どうしました?」
「うん、精霊さんが……」
ふと、私の周囲に変化が訪れる。
魔大陸にいる間、元気になかった精霊さんが……少し、元気になったのだ。
精霊さんが元気がなかった理由は、魔大陸という環境にいたからだ。精霊さんにも苦手な場所はあり、その一つが魔大陸。
そこにいたから、活動が制限されていた。
でも、今は少し、元気を取り戻したようだ。
と、いうことは……
「そろそろ、魔大陸の終わりが近い」
この場所とも、お別れが近い。そう、感じた。
なにも、魔大陸の端から端まで移動するわけじゃないんだ。思っていたよりは、早く感じても不思議じゃあない。
それに……なんだか、妙なにおいがする。
「くんくん……なんだろ、このにおい」
「! 確かに、嗅いだことのないにおいですね」
どうやらルリーちゃんも、感じだったようだ。
くんくんと、鼻先に集中して……においの正体を、探る。
これは、嗅いだことのない……いや、妙に馴染みのあるような……
「なんか……しょっぱいにおい?」
不思議な、においだ。こうして嗅いでいると、舌の先がぴりぴりするような感覚がある。
これは、いったいなんなのか……においの正体を、考える。けれど、答えはすぐ目の前に、出てきた。
荒野ばかりだった魔大陸、その終わりが見えてきた。その先には、なにやら……水、だろうか。が、広がっていた。
しかも、少々の水じゃない。見渡す限りの、水だ、
空から見ると、よくわかる。大量の水は、まるで大陸を囲うように、広がっている。
すごい光景だ。
「わぁ……すごい量の水。学園のお風呂の、何十、何百……いやうん倍もあるよ」
「確かに……なんなんでしょう、これ」
見渡す限りの、水。においの正体は、もしかしてこれだろうか?
風に運ばれて、先ほどよりもより鮮明に、においを感じられる。
『契約者よ、知らぬのか?』
「この水のこと? クロガネは知ってるの?」
『これは……海、というものだ』
「ウミ……」
大量の水の、正体。
それは、ウミという……クロガネが教えてくれた、聞いたことのない名前だった。
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