428話 一人になりたくて



「はぁ、はぁ……」


 牢屋の部屋を出た私は、来た道を戻るように歩く……つもりだった。

 けれど、一人になりたくて。こうして、宛もなく歩いている。


 この塔の中は、複雑だ。一度や二度通った程度じゃ、あんまり道は覚えられない。

 だから、ちゃんと帰れるかなって心配にはなったけど……まあ、なんとかなるだろう。


 歩いて、歩いて、歩いて……今は、塔の外が見渡せる場所にいる。下を見れば、かなり高い場所なのがわかる。

 風は吹いているし、空気もおいしい……でも、空は紫色だし、精霊さんは元気ないし。邪悪な雰囲気がする。


「はぁ……私、どうしたんだろ」


 エレガたちと話してから、自分の中にもやもや……というか、むかむかが溜まっていることに気づく。

 そりゃ、あいつらはルリーちゃんの故郷やみんなをめちゃくちゃにした奴らだ。怒って当然の相手。


 ……なんだけど。それとはまた違った感覚。


「……あ、魔物だ」


 魔大陸では、魔物も活発に活動している。

 まあこの塔にいる限り、魔物が襲ってくるようなことはないみたいだけど。


 ……当初、魔物の暴走スタンピードが起こっていた。その理由は、人のいる大陸へ攻め込もうとしていたため、だという。

 その騒ぎは、今は収まっている。


 結局、魔物が暴れていた理由は……人のいる大陸に向かおうとしていた理由は、謎のままだ。

 エレガたちが関わっているのかとも思っていたけど、どうやら関係ないみたいだし。


「……これも平和、なのかな」


 魔物の暴走があって、それ幸いと魔物に"隷属の首輪"をハメて、戦争に優位に立とうとして。

 首輪をハメられた魔物は、戦争に巻き込まれることなく解放されたからよかったけど。魔物いなくても勝てたんだし、マジでエレガたちがノイズだったんだな。


 魔物って言っても、襲ってこなければこっちから手を出す必要もないし。

 まだわかんないことは多いけど、ひとまず一件落着ってやつなのかな。


「……ラッヘが、起きてくれればね」


 私は一人、つぶやいた。

 なにもかもが万事解決、とはいかないのだ。ラッヘは目覚めず、私たちは動けず。


 そのせいで、ルリーちゃんも自分を責めている。私の前では、そんな素振りは見せないけど。

 自分が暴走してしまったせいで、ラッヘが気を失うまで無理させてしまった……そして、そのためにここから動けず、みんなの無事を確認できないこと。


 早くラッヘが起きてくれないと……ラッヘ自身が心配なのは、もちろんなんだけど。

 このままじゃ、ルリーちゃんが潰れてしまう……


「……ルリーちゃん、かぁ」


 あぁ、思い出したくないのに……エレガの言葉を、思い出してしまう。

 ルリーちゃんがダークエルフだと、クレアちゃんにバレて……ひどい拒絶を、受けてしまった。


 これが、世間のダークエルフに対する反応なのだと……改めて、思い知った。今まで友達だった二人の関係性が、壊れるほど。


 しかも、だ。一度クレアちゃんは殺され、ルリーちゃんの闇の魔術で生き返った。

 そのことは、クレアちゃん本人にとって……耐え難いものであったみたいだ。


 死者を生き返らせる。その意味を、私はよくわかってはいない。


「……考えないようにしていただけ、か」


 思い出したくないんじゃない。考えないようにしていた、だけだ。

 まだこの場から動けないのに、この先のことを考えても……なんて、言い訳だ。


 どうしたらいいか、わからないから……でも、避けては通れない道だ。

 ルリーちゃんとクレアちゃんの、関係の修復。


 クレアちゃんは、私がベルザ王国を訪れてから……あ、違うな。私にとって人生で初めての、友達だ。師匠は友達ではないし。

 ルリーちゃんは、魔導学園でできた初めての友達だ。


 二人が気まずいままなんて、私は嫌だ。


「まずは、私がちゃんと仲介しないと」


 多分、二人だけを会わせても、また同じことが起こる。

 元々消極的なルリーちゃんは、クレアちゃんの勢いに押されてなにも言えなくなってしまうだろう。

 クレアちゃんだって、ダークエルフの言うことは聞かないと突っぱねるかもしれない。


 だから、私と……それに、ナタリアちゃんの協力も得たいな。

 ルリーちゃんと同室で、ダークエルフだってこともはじめから知ってた彼女なら。協力してくれる。


 あと、気になるのは……あの場では、エレガたちや魔獣の乱入でそれどころじゃなく、ダークエルフの件がバレたのはクレアちゃんだけだけど。

 その後、他のみんなにもバレてしまったのかどうか。


「バレてないんだとしたら……また、隠し通すのか。それとも……」


 ……少なくとも、仲の良い子には打ち明けても……大丈夫だとは、思う。

 ノマちゃんなら、きっと……あの明るさで、受け入れてくれるよ。


 仲良しだったクレアちゃんとも仲直りできないままじゃ、関わりの少ない人たちに正体を明かすなんて、とてもじゃないけど難しい。


「……ルリーちゃんは、どうしたいんだろう」


 そういえば……ふと、思う。

 ルリーちゃんはどうしたいのか。そのあたりの話を、ちゃんとしてこなかったかもしれない。


 もしも、クレアちゃんに拒絶されたショックで、もう彼女と関わりたくないというのなら……私は……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る