429話 一人でたそがれて、そして……



 ここから、みんなのところに戻って。その先は?

 それを、そろそろ本格的に考えなければ、いけないのかもしれない。


 魔大陸に来たばかりの頃は、ここがどこなのか右も左もわからず、って状態で、いったいどう帰るんだって話だったけど。

 クロガネのおかげで、その問題はほとんど解決したようなものだ。クロガネのスピードなら、私たちが歩くよりもずっっっと速いし。


 これで、移動の問題は解決した。元々、ここからどうやって戻るのか以上の問題はなかったから、あとは帰ることだけ。


「魔大陸に飛ばされたときは、どうしようかって思ったけど……」


 まず、ルリーちゃんだけがこの魔大陸に飛ばされるはずだった。それを阻止できたのは大きい。

 ラッヘもいてくれたおかげで、ここが魔大陸だとわかって……彼女が、率先して引っ張っていってくれた。


 なにより、魔大陸に来なければクロガネと会うこともできなかった。クロガネと出会って、契約できたことは、魔大陸に来て……

 いや、この近日の中で一番の良かった出来事だ。


 しかも、本来なら魔導学園で後々習うはずだった使い魔契約をして、クロガネと契約までできたわけだし。


「そう考えると、悪いことばっかじゃないよね……」


 ルリーちゃんの体調や、眠ったままのラッヘ。すべてが無事とは言えないけど、誰も死んでいない。

 初めて会った魔族とも、話し合える人がいるってわかったし……


 得るものは、あったと思う。あとエレガたちも捕まえられたし。


「……少しは、落ち着いたかな」


 一人で外に出て、風に当たって。少しは、頭が冷えたかもしれない。

 やっぱり、いろんなことを考えすぎていたのかもしれない。ルリーちゃんには負担を描けられないし、ラッヘはあんなことになっちゃうし……


 ……私が、一人で落ち着きたいと思ったからか。クロガネは静かなままだ。

 本当に、ありがたいよ。


「……戻ろう」


 ここでずっと一人でたそがれてるのも、それはそれで悪くないけど。

 ずっとルリーちゃんにラッヘを任せておくわけにもいかないし。ガローシャと二人になったら気まずい思いをするかもしれない。


 ……そういえばあの二人が話してるとこ、見たことないな。


「私がいない間に仲良くなってたりして。なんてね」


 ダークエルフは、他の種族から嫌われている。それは魔族も例外ではない。

 だけどガローシャは、私が人間でも、ラッヘがエルフでも、ルリーちゃんがダークエルフでも変わらず接してくれた。


 みんながガローシャみたいに、物事を柔軟に受け入れてくれればいいのに。


「それも難しいか……えっと、どっちだっけ」


 ダークエルフの問題が、やっぱりつきまとう。ダークエルフが過去にしたことが、今にまで尾を引いているってことだもんな。

 私は、このことに関しては記憶喪失でよかったと思えている。いろんなことを知らないからこそ、ルリーちゃんを色眼鏡なしに見ることができたんだし。


 もちろん、ナタリアちゃんみたいに、世間のダークエルフの扱いを知っていても仲良くしてくれる子はいるけど。

 もし、自分がダークエルフを疎んでいるような性格だったら……あんまり、考えたくはないな。


 私は長い廊下を歩き、別れ道で足を止める。

 右を見て、左を見て……ほとんど勘で、進んでいた。


 それでも、なんとなくこっちだ、と本能が告げていた。

 多分、無意識にルリーちゃんの魔力を感じて、その方向に足を進めていたからだと思う。


「……あ、大事なこと聞くの忘れてた」


 ダークエルフの諸々について考えていた私は、大事なことを失念していたことに、今更ながら気づく。

 思わず足を止める。本当なら、エレガたちに聞きたいことがあったのだ。


 あいつらは、言っていた。ダークエルフ、ルリーちゃんに怯えるクレアちゃんを指して……人々がダークエルフを恐れるのは、本能に刻み込まれているからだ、と。

 恐怖が、憎しみが、恨みが。あらゆる負の感情が、ダークエルフに対して……それは理屈ではなく、本能で。


 本能に刻まれているなんて、意味がわからなかった。だから、その件についても、聞こうと思っていたのに……


「いろんなことあって頭がこんがらがってた……」


 そもそもその直後に、魔大陸に飛ばされてあれやこれやとあったのだ。大事なことのはずなのに、頭から吹っ飛んでいた。

 落ち着いたことで、ようやく思い出したことだ。


 うーん、今からまたエレガたちのところに戻るっていうのもなぁ。


「……まあ、また今度にしよう」


 こういう話こそ、ルリーちゃんにも聞かせてあげたほうがいいだろうしね。

 ルリーちゃんを牢屋には近づけたくないけど、クロガネに乗って帰るときにどうしても一緒になってしまうんだし。


 そのときに、だな。もちろん、あいつらがルリーちゃんを悲しませるようなことを言ったら、ぶん殴る。


「ついたついたーっと。……およ?」


 なんだかんだ考え事をしている間に、部屋にたどり着いたみたいだ。迷わなかったよ私、えっへん。

 早速扉に手を伸ばすと……中から、なにか大きな声が聞こえた。


 な、なんだろ……なんか、騒いでる? え、なにこれ。

 まさか、ルリーちゃんとガローシャが、言い争いを……?


「そんなのだめぇ!」


 喧嘩なんて、だめだ。ダークエルフと魔族だって、仲良くしないとだめだ。

 そんな思いを込めて、扉を勢いよく、開けた。


 部屋の中には、私の思った通りルリーちゃんとガローシャがいた。

 二人は立ち上がって、それぞれ向かい合って言い争い……を、してはいなかった。


 二人は、驚いたようにベッドを見ていた。


「あ……エラン、さん……」


 振り向いたルリーちゃんは、私に声をかけた。

 なんだろう、少し安心したような……それでいて、不安そうな……複雑そうな表情を、している。


「ルリーちゃん、どうし……」


 ルリーちゃんに視線を向ける……その向こう側に見えた光景に、私は言葉を詰まらせた。

 だって、ベッドの上に……起き上がっている、ラッヘの姿があったのだから。


 今まで眠っていた、ラッヘが目覚めている……!


「ラッヘ!」


 目が覚めて、よかった……そう、言葉を続けようとして……


「……あなたは、だあれ?」


 首を傾げる、ラッヘの姿に……また私は、言葉を失った。

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