418話 唱えられるはずのない詠唱



 白い魔獣、プサイ。

 ただ強いだけではなくて、相手の負の感情を増大させるという特性も持っている。


 自分の負の感情に押しつぶされ、自滅してしまう……そんな危険も、あった。

 でも、もう大丈夫だ。気をしっかり持って、もう惑わされない!


「行こう、クロガネ!」


「グォオォ!」


 私の呼びかけに、クロガネは力強く応えてくれる。

 頼もしいパートナーだ!


「ゴォオオオ……!」


 それに対峙するように、プサイもまた静かな雄叫びを上げる。

 重く、胸の奥に響くような声だ。


 それからプサイの体に、変化が起こる。

 腕と腹部に取り付けてある黒い鎧……それが、気のせいだろうか波打ち始めたのだ。


 そして……そこから、白いなにかが、無数に出てきた。


「なっ……なにあれ!?」


 白いそれは、うようよと蠢き……なんらかの形を、成していく。

 それは、まるで生き物のように、動いていた。形も、決まったものではなく、それぞれ違う。


 小さく数の多いそれは、まさか……


「魔獣……!?」


 間違いない。あれは、魔獣だ。

 嘘だと思いたい。魔獣が、魔獣を生んだってこと……!?


 プサイから生まれたのは小さい魔獣だ。とはいえ、プサイはクロガネほどの大きさがある。

 だから生まれた魔獣は、私から見れば充分な大きさがある。


「あれも、プサイの能力かなにか!?」


『いや……見たところ、あの鎧のようなものに、その力があるようだな』


「あれ、鎧じゃないの!?」


『鎧をかたどってはいるが……新たに魔獣を生み出すなど、不可解なものだ』


 とにかく、放置していたら次々魔獣が生まれちゃうってことだ。

 あの鎧みたいなのを、まずは壊さないと……


『案ずるな、契約者よ』


 クロガネは落ち着いた様子で、周囲を警戒する。

 すでに、迫ってくる数体の魔獣……それを、尻尾を振るい打ち落とす。


 さらに、咆哮を上げるだけで魔獣は動けなくなり、その隙に鋭い爪で斬り裂いた。


『有象無象が増えようと、敵ではない』


「お、おう……うん、さすがクロガネ」


 ただの魔獣では、クロガネの相手にならない。それは、わかっていた。

 それでも、プサイは魔獣を生み出すのをやめない。数がいればどうにかなると思っているのか……


 それとも、単純に無駄だとわかっていないだけか。


「……いや、あいつの狙いは……」


 ……違う。あいつは、ただむやみに魔獣を生み出しているわけではない。

 気づいたときには、プサイの周囲に魔獣が、群がっていた。


 それを、プサイは……仮面に隠れていた、口を開き、大きな口を開けて、食べた。


「ぅ……!」


 魔獣が、魔獣を食べている……それは、すさまじい光景だ。

 バリバリと、嫌な音がする。


 一体、また一体と、次々に魔獣を食べている。

 そしてその度に、プサイの力が、体が、大きくなっていくのを感じる。


「あいつ、もしかして……自分で魔獣を生み出して、食べて、パワーアップしてる?」


 モンスターが魔石を食べて魔物に。魔物が魔石を食べて魔獣に。という話は、聞いたことあるし見たことだってある。

 獣だって、進化するためになにかを体内に取り込むことがある。


 けれど……魔獣が、同じ魔獣を食べるだなんて。

 そんなこと、考えたことすらなかった。


「ォオオォ……!」


「!」


 プサイの巨体が、さらに大きくなり……肩に、ギョロッと目が開く。いや、肩だけじゃない。

 白い体の、あらゆるところに目が、開いていた。


 それらは、目玉がキョロキョロと動き、なんて気持ち悪い光景だろう。


「ゴォォォオオオ!」


 これ以上、パワーアップさせるわけにはいかない。

 咆哮を上げ、クロガネはプサイへと飛びかかる。私も振り落とされないように、しっかり捕まる。


 クロガネの、巨体から繰り出される体当たりを、四本の腕で受け止められた。

 だけど、そのおかげでかなり接近できた……だからクロガネは……


「ォオオオォオオ!!」


 超至近距離からの、竜魔息ブレスを放った。

 高密度の魔力が、プサイを飲み込んでいく……けど、やっぱりプサイには効果が薄い。


 キョロキョロ動いていた目玉が……一斉に、クロガネを見た。


「……!?」


「どうしたの、クロガネっ?」


『これは……動きを、封じられた!』


 無数の目玉に睨みつけられ、動きを封じられた。

 信じられない状況だ。でも、それだけの力が魔獣には、備わっている。


 クロガネが動けないという点では、さっき結界に閉じ込められたことと同じだ。

 でも、これは違う。あの無数の目が、クロガネを捕らえて……動きを、封じている。


「じゃあ、あの目をなんとかしなきゃ……」


『だが、この状態では……』


「私がやるよ」


 魔導の杖をぎゅっと握り、私は立ち上がる。

 あの目を……視界を封じれば、問題はない。ならば、どうする?


 強い攻撃をして気を散らす? むしろ魔獣を倒してしまう?

 ……いや、違う。もっと、効率的な方法があるのを、私は知っているじゃないか。


 それを"見た"のは、二回や三回程度。だけど、それがどれほどの効果を持っているのか、私は良く知っている。

 だからだろうか、私は……


「全てを包み込みし、漆黒の闇よ……」


 魔導の杖を、構えて……


「その者を、永久なる常闇に覆い隠せ」


 本来、唱えるはずのない……唱えられるはずのない詠唱を、唱えていた。


闇幕ダークネスカーテン……!!!」


 ……魔獣の体全体を、黒いもやが、覆っていった。

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