419話 魔零



 ……どうしてかは、わからない。ただ、結果としてそうなったのは確かだ。

 白い魔獣、プサイ。そいつの体に出てきた、無数の目。それに見つめられたクロガネが、動きを封じられた。


 だから、クロガネの拘束を解放するためには、魔獣の目を封じる必要があった。

 そのためには、なにが最善か。そう考えた時、自然とこの魔術の名前が、浮かんでいた。


 ……闇幕ダークネスカーテン、と。


「……私……あれ?」


 自然と、当たり前のように頭の中に浮かんだ、詠唱……それを私は、唱えていた。

 そして、その詠唱により唱えることが可能となった、闇の魔術。


 それが、闇幕ダークネスカーテンだ。

 その効果は、黒いモヤを出現させて、対象の視界を覆いつくすというもの。


 しかも、覆った対象から奪うのは、視界だけではない。

 光も、音も、感覚も……すべてを奪い去り、闇の中へと閉じ込める魔術。


「……私、なんでこれを……?」


 でも、おかしい。私は、闇の魔術を使えない。

 正確には、闇の魔術を使うことができるのは、ダークエルフだけだ。


 闇の魔術を使うためには、邪精霊の力を借りなければいけない。

 その邪精霊と心を通わせることができるのは、ダークエルフのみ。

 この魔大陸には、邪精霊が満ちているという。だから、魔大陸に住んでいる魔族も、ダークエルフの力を借りられるのかもしれないけど……


 それは、ひとまず置いておこう。

 私は、人間だ。魔術自体は、ルリーちゃんが使ったのを見たことがあるけど……普通の魔術だって、見ただけで使えるほど簡単なものじゃない。


『契約者よ』


「!」


『その力、自身も覚えがないようだが……それを考えるのは、後回しだ』


 私が動揺したのを、クロガネは感じ取った。

 その上で、考えるのは後にしろと言う。その通りだ。


 なんにしても、魔術を闇に包み込んだんだ。なにをするにも、今がチャンスだ。


「そうだね。

 クロガネ、半端な攻撃は、あいつに通じない……だから、クロガネの魔力、借りてもいいかな」


『構わん』


 魔獣プサイは、見えないながらに腕を振るって暴れている。

 感覚がなくなるってだけで、魔力を探知することは出来る。だから、魔力を感じるところに手当たり次第、ってところか。


 そうでなくても、ただ暴れるだけでもあの巨体だ。すぐに、こっちにも被害が出る。


「お願い」


『うむ』


 私は、クロガネに意識を……クロガネは私に意識を。互いに集中させる。

 まるで、私とクロガネが繋がっていくよう。視界や魔力だけではない……感覚も、考え方も、息遣いさえも。


 クロガネの魔力が、私に流れ込んでくるのがわかる。

 私は魔導の杖を構える。その先端を、魔獣プサイへと向ける。


 私自身の魔力が高まり……クロガネのおかげで、私の周囲に着いてきてくれた精霊さんも存分に力を発揮できる環境になった。

 私の魔力を、杖に集中させる。同時に、周囲の魔力も昂ぶりを見せていく。


「ゴォ? オォオオオ!」


「クロガネ、お願い」


「グォオオオオオ!」


 私の周辺の魔力が爆発的に上昇し、魔獣プサイの狙いは私に向けられる。

 対象の感覚を封じ、その間に強力な魔導で倒す……これが、理想だ。でも、魔導を放つために魔力を高めれば、位置がバレる。

 それが、闇幕ダークネスカーテンの弱点と言える。


 だけど、私にはクロガネがいる。

 話された拳を、クロガネが受け止める。迫る二つの腕を、両手で……残る二つの腕を、その身で。


 クロガネから、うめき声が漏れる。無理をさせてしまった……けれど、ありがとう。


「我が魔力を糧とし、精霊の力を借り受けお互いの魔力を一つとし……さらなる魔導の力をここに、誕生させる。すべての始まりたる真名しんめいを魂へと刻め!」


 魔導の杖が、その先端を白く輝かせる。

 まぶしい、直視できないほどに……でも、私は目をそらさない。


 それが、私の……私たちの魔力の、すべてだと知っているから。


魔零ニル!!!」


 詠唱を、そしてその呪文を口にした瞬間……まばゆい光を放った杖の先端から、白い光線のようなものが放たれる。

 それが、魔獣へと直撃し……すぐに、魔獣の体に異変を起こした。


 光線が直撃した箇所には、穴が空いていた。。

 まるで、そこが消滅したみたいに。そして、そこから消滅していくように、穴が広がっていく。


 魔獣は、なにも見えもしない、感じもしない世界の中で……自分が消えていく感覚すらもわからずに、ただその時を待っていた。

 ……数秒としないうちに、魔獣の体は消滅した。


 まるで、そこにははじめからなにもなかったかのように……そこにあったものは、零になってしまったかのように。


「……やっ、た?」


 魔獣が消え、それを見届けた私はぽつりと、言葉を漏らしていた。

 目の前には、あの魔獣の巨体はどこにもない。右にも左にも、上にも下にも。


『あぁ。魔獣の気配は、消えた』


 クロガネからも、魔獣はいなくなったと後押しされる。

 それを受けて、私はどっと深いため息をついた。


「そっか……つ、疲れたぁ……」


 クロガネの上に、寝転がる。

 体に広がる、この虚無感は……久しぶりだなぁ。自分の中の魔力を、ほとんど全部使い切っちゃったなんて。


 さっきの、魔法……いや魔術……?

 とにかくさっきの魔導で、体の中の魔力ほとんど、持ってかれちゃったみたいだ……


 なんてったって、自分の魔力をほとんどな上に、魔術を使うための精神力までかなり使っちゃったからなぁ。

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