408話 らしくない



 ラッヘの魔力が、高まる……それを本能で察したのか、ルリーが後退し、距離を取った。


「へぇ、頭ん中空っぽになったかと思えば、危機を察知するくらいはできんのか。

 ……いや、本能で察知するくらい、獣にだってできるか」


 距離を取った……それはつまり、ルリーがラッヘに対して警戒をしたということ。

 暴走した状態でも、それは察知したのだ。


 ラッヘは、己の魔力を高めていく。

 それは、魔力回復の術が極端に少ない魔大陸では、自殺行為にも等しい。


「ははっ、お前もエルフ族なら知ってんだろ。いや、今のお前に言っても仕方ねえか」


 ラッヘの体の内から湧き上がる魔力は、形を持って浮かび上がる。

 それはまるで、オーラのようにラッヘの体を、覆っていた。金色の魔力が、バチバチと音を立てて弾ける。


 それはまるで、雷だ。


限界魔力オーバーブースト……エルフ族なら、誰でも知ってる。だが、好んで使うやつはいない。

 そらそうだ、自分の中の魔力を爆発的に引き上げる代わりに、魔力がすっからかんになって動けなくなんだからな」


 原理としては、身体強化に近い。だが、その力は桁違いなものだ。

 身体強化は、あくまでも自分の目安で魔力を操作し、身体の一部または全身を魔力で覆うもの。


 しかし、この限界魔力は、自分の意思とは関係なく強制的に魔力を全身に巡らせる。途中で止めようと思っても、止めることはできない。

 止める方法は、ある。一つだけ……


 それは、体の中の魔力を使い切ることだ。


「強制的に、魔力を使い切る……だから、やり方を知ってたって誰も使いやしねぇ」


 魔力を使い切れば、残るのはただ動けなくなるその身があるだけだ。

 しかも、いつ魔力が切れるのか、本人にもわからない。まるでスイッチを切ったように、ぷつっと魔力が切れるのだ。


 だから……


「ちんたらやってねぇで、一瞬で終わらせてやるよ」


 ラッヘは、その驚異的な脚力で、離されたルリーとの距離を詰める。

 同時に、右腕を振るう。その先、右手に宿る魔力はまるで巨大な爪のような形をしており、ルリーが背後にかわしてもそのリーチを埋める。


 ザクッ、とルリーの腕が刻まれる。


「その硬ぇ魔力も、この力なら……!」


 暴走するルリーの魔力も、相応の硬度を持っている。しかし、今のラッヘにとっては大した脅威ではない。

 続けて左腕でぶん殴るが、ルリーはその場で大きくジャンプをする。


 空中では逃げ場はない……だが、魔力で空中に足場を作れば、その限りではない。


「逃がすかよ!」


 ラッヘもまた、飛び上がる。しかし、空中に足場を作るなんて真似はしない。

 足場を作らなくても、全身に巡った魔力の影響で、一時的に浮遊ができるからだ。


 逃げるルリーを、ラッヘは追う。付かず離れずの距離で、ルリーは……


闇幕ダークネスカーテン……!」


 闇の魔術を、放つ。

 黒いもやがラッヘの全身を包み込み、ラッヘの視界から、感覚から、すべての情報を奪い去っていく。


 この暗闇の中でただ、魔力が切れるのを待つばかり……


「んなわけ、ねぇだろ!」


 しかしラッヘは、止まらない。なにも見えてないはずなのに、一直線にルリーの目の前まで移動。

 その細い首を、掴み上げる。


 見えてもいないし、ルリーのことを触っているという感覚すら、ないはずだ。だがラッヘは、その手を離さない。


「ぐぅ、う……!」


「はっ、舐めんなよ。この目と限界魔力オーバーブーストを組み合わせりゃ、お前の位置くらいは掴めるんだよ!

 ま、私も今知ったんだけどなぁ!」


 正直な話、闇幕ダークネスカーテンに包まれたラッヘは、やられたと思った。

 魔力が暴走し、自我を失っている状態では、魔術は使えないだろうと踏んでいたのだ。


 結果として、魔術は放たれた。ドラゴンであるクロガネさえも、その思考判断を鈍らせる魔術。

 ラッヘに抗う術など、ないと思われたが……


「こっちが地面か? おらぁ!」


 己の魔力を、極限にまで引き出したおかげだろうか……"魔眼"と反応し、対峙しているルリーの魔力がぼんやりと見えた。

 ルリー自身も、魔力が暴走しているため普段より、魔力が見えやすかった。


 それでも、感覚の一切がないのは、流石と言うべきだろう。


「それでも、勘までは鈍っちゃいねぇよ」


 地面にルリーを押し付け、ラッヘは不敵に笑った。

 見えなくても、感じられなくても、自分の勘を疑うことまではしない。勘に頼って、これまでどれほどよ危機を乗り越えてきたか。


 だから……勘に従い、ラッヘは魔力を手の先に集中させる。


「これでダークエルフを掴めてなかったら、笑えるな」


 もしもこの手の先に、ルリーを捕らえていなければ……魔力を使い切って、動けなくなる。その隙に、ルリーに殺されるかもしれない。

 それがわかっていながら、ラッヘに躊躇はなかった。


 放たれた魔力は、ラッヘの手から逃れようともがくルリーわ巻き込み……その場で、小規模な爆発を起こした。


「っ、あ……力が……」


 その直後……ラッヘの体から、力が抜けていく。

 魔力を使い切ってしまったためだ。地面に寝転がり、紫色の空を見上げる。


 ……らしくない。あの女のためにダークエルフを止めるのも、自分がピンチになる可能性がありながら限界魔力オーバーブーストをするのも、いつ誰に殺されるかわからない状況で無防備をさらしているのも。

 なにもかも、らしくない。


 らしくない……だが、らしくないなりに……


「……すぅ」


「ちっ、のんきに寝てやがる」


 役目は、果たした。無傷とはいかないが、死んではいないし上出来だろう。

 あとは、お前の番だと……ラッヘは、上空に飛び立ったエランの姿を、追いかけた。

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