407話 ラッヘとルリー



「さて、と」


 上に登っていくエランの姿を確認して、ラッヘは正面を見据える。

 そこには、銀髪の髪を揺らし、褐色の肌を持つダークエルフ……ルリーの姿がある。頭を抱え、歯を食いしばっている。


 尖った耳、緑色の瞳という共通点はあるが、金髪に白い肌を持つエルフラッヘとは、対称的に位置する相手。

 そんな二人が、なんの因果か行動を共にして……こうして、対面している。


「任せろ、なんてえらそうに言ったが、私にどうにかできるもんかね」


 本来であれば、ラッヘとルリーの実力は比べるまでもない。

 力の強さは置いておいて、ルリーは争いが嫌いだ。好戦的なラッヘと戦いになれば、あっという間に倒されてしまう。


 だが、この環境がそれを許さない。

 魔大陸では、エルフの力は大幅に減少する。エルフどころか、大多数の種族がそうだが。それに、精霊の働きも落ちる。


 一方、ダークエルフにとっては力の増す環境。

 邪精霊の活動も活発になり、その力はさらなる飛躍を上げる。


 そして、なにより……


「ぐぅうう……ぅあぁあああ!」


「!」


 魔大陸の環境に当てられ、彼女の凶暴性自体が増している。

 魔大陸に流れる魔力が、彼女の魔力に干渉し……魔力暴走を、起こしているのだ。


 これまでに聞いたことのないほどの雄叫びを上げ、ラッヘへと迫る。本人の自我は吹っ飛んでいるが、その身に流れる魔力は増している。


「っとと!」


 暴走しているため、攻撃を避けるのはそう問題はない。振り払われる手の動きを確認し、右へ左へと避けていく。

 問題は、この状態が続けばルリーの体が持たない、ということだ。


 魔力暴走により、ルリーの体には彼女の想定する以上の魔力が溢れている。自我も吹っ飛んでいるため、魔力を抑えることもできない。

 垂れ流される魔力は、次第にルリーの体を壊していくだろう。


「それが、楽なんだろうけどな……」


 正直な話、こうしてゆうゆうと攻撃を避けていけば、そのうちルリーの体は勝手に壊れ、脅威は勝手に去っていく。

 そうするのが、本来正解なのだ。ルリーはラッヘの友達でもない。


 なにより、相手はダークエルフだ。エルフのラッヘにも思うところはあるし、いなくなったほうが世の中のためだ。

 そう、思っているのに……


「なんでかね……っと!」


 こうして、ルリーをなんとか止めようと体が動くのは、なぜだろう。

 ラッヘは飛びかかり、大ぶりの彼女の隙をつく。


 体を回転させ、つま先をルリーの頬に打ち込んだ。


「ぎゃ!」


 無防備な体に攻撃を受け、ルリーは受け身も取れずに地面に倒れる。


 魔大陸の影響で暴走した相手の対処法など、ラッヘは知らない。

 しかし、このまま彼女を暴れさせたままではいけない、というのはわかる。だから、とりあえず気絶させる。


 暴れなくなれば、体への負担も軽くなるはずだ……と考えてのことだ。


「ぐ、ぅううう……!」


「ま、そんなうまくはいかねえか」


 自我がない……ということは、体の痛みも感じなくなっている可能性が大きい。

 そんな相手を気絶させることなどできるのか、という疑念はあるが、やるしかない。


 ルリーが体勢を立て直すより先に、特攻をかける。

 魔法は、できる限り節約したい。一晩寝たため回復はしたが、それでもこの先なにがあるともわからない。


 だから、距離を取るのはだめだ。こちらから魔法を撃つことはできないし、向こうの魔法を防ぐことも難しい。

 接近戦ならば、ある程度体は動く……!


「おらぁ!」


「!」


 助走をつけての飛び蹴りが、ルリーのお腹にぶち当たる。

 魔力が暴走し見境がなくなっているということは、逆を言えば隙だらけ、ということでもある。


 死なない程度ならば、回復魔術で治せる。この環境では精霊も存分に力を発揮できないが、クロガネがいれば話は別だろう。

 クロガネが張った結界は、魔大陸の空間とは隔絶したものを生み出してくれた。


 相手がダークエルフとはいえあまり痛めつけたくはないが……できることを、やるしかない。


「ぐぁ、あ……え、らん、さ……」


「はっ、暴走してても、かすかに意識は残ってんのか。

 けど、違うぜ。お前の言うエランはあいつで……私は、その名は捨てた!」


 かつて、エラン・フィールドと名付けられ……今は、ラッヘにとってその名前は捨てたも同然だ。

 自分から名前を、居場所を奪ったあの女が嫌いだ。あの女に協力するのは、その方が帰れる効率が上がるからだ。


 このダークエルフを助けられなければ、あの女はどんな手段に出るかわからない。あそこにはもう戻らない、なんて言い出すかもしれない。

 それは困る。


 だからこれは……ラッヘの、ラッヘ自身のための行為だ。


「だらぁ!」


 先ほど打ち込んだのとは逆の足で、またも腹に蹴りを打ち込む。

 防御の姿勢も見せないルリーの腹に、蹴りがめり込んでいく。


 しかし……


「っ、魔力による、防御か……」


 ルリーの全身を覆っていた魔力……それが、鎧のような効果を発揮し、ラッヘの蹴りからのダメージを無効化する。

 無意識に、魔力を防御方向に持っていったのか。それとも、あふれる魔力が大きくなったのか。


 いずれにしても、魔力なしの攻撃では、ルリーにダメージを与えるのはキツくなってきた。


「うぉっ……!?」


 その一瞬の考えを巡らせている隙に……ルリーの拳が、ラッヘの頬を打ち抜いた。

 魔力を帯びた拳は、かなりのダメージとなる。


 口の端から血を流しつつ、ラッヘは……


「ちっ……こんなとこで、使いたかなかったんだけどな」


 エルフ族の目……"魔眼"を光らせ、己の魔力を昂らせていく。

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