【番外編Ⅱ】 魔導の訓練



「そら!」


「わー!」


 朝食を終え、後片付けをしてからグレイシアは、エランを連れて家を出た。

 朝食のあとには、エランにせがまれて魔導の訓練をしている。訓練といっても、今のところグレイシアが魔導を使って見せる程度だが。


 魔導を使うには、家の中よりも外のほうが都合がいい。

 魔導の杖を抜き、グレイシアは井戸の底から水を浮かせる。


 球体となった水がふわふわ浮いている姿に、エランは目を輝かせる。


「すごい! すごーい! どうなってるの!」


「これが魔法……魔導の一種だよ」


 エランを拾った当初は……彼女は、ひどく警戒したようだった。

 いや、警戒と言うには少し違うかもしれない。


 目覚めて、しかしそれ以前の記憶がない。要は、空っぽだったのだ。

 自分の存在さえもわからない中で、誰を信じればいいのか、なにを信じればいいのかもわからない。


 グレイシアは、根気よく話しかけた。怖がって近づいてこないエランが、ついに自分から寄ってきたのは……決して短くない時間がかかった。

 そんな彼女が、今はこうして、師匠と呼んで慕ってくれている。


「ね、ね、わたしもやりたい! まどう!」


「うーん、エランには魔導の知識は結構飲み込んでるから、できなくもないとは思うけど」


「ほんと!?」


 人間はどうかは知らないが、エルフの場合は幼い頃から魔導に触れる機会が多い。

 そのため、ある程度年を取ると、自然と魔導を扱えるようになるものだ。


 というのも、エルフが生まれ育つのはほとんどの場合、森の中だからだ。森の中……自然の中では、他の場所よりも魔力が溢れている。


「それじゃ、今後はこれを貸してあげよう」


「ぼう?」


「魔導の杖……その簡易版ってとこかな」


 エランに、木の棒……魔導の杖を、渡す。

 ただしこれは、正式に作ったものではない。簡易的なものだ。


 魔導を使うには、一定の才能と運が必要。コツさえ掴めば、誰でも使えるものと思っていい。

 しかし、魔導を制御するとなれば話は別だ。


 普通に魔導を使えば、魔導の力は制御できずに暴発してしまう可能性がある。もちろん、魔導を極めることができれば、その限りではないが


「慣れないうちは……というか、一握りを除いてほとんどは、この魔導の杖を持っている。魔導を学び始めたエランには、必須なものだよ」


「ふーん」


 わかっているのかいないのか、曖昧な返事をしながらエランは、魔導の杖を受け取る。

 なんの変哲もない木の棒だな、と思ってしまうのも無理はないだろう。


 簡易版ではなく、本格的なものとなればまた違うのだが。

 それはまた、いずれだ。


「ただ、魔導の杖を必要としないものもある。それが、身体強化の魔法だ。

 これは、魔導を使うに当たって基礎ともいえるものだ」


「ほほぉ」


「これまで魔力についてはいろいろ教えてきたけど、実践するのは初めてだね」


 まずは、魔力を体に流すところから始める。

 魔導の杖を使って魔法を使うのは、それができるようになってからだ。自分の中の魔力をコントロールできなければ、それを外に放つことはできない。


 グレイシアは、その方法を教えていく。

 とはいえ、これは個人でやり方は異なる。自分でやりやすい方法で、魔力を感じ取るのだ。


「自分の中の魔力に、干渉するイメージを持つんだ。できるかな?」


「んー……」


 それから、エランの魔力操作の訓練が始まった。

 エランはまだ小さいし、時間を決めて訓練をする。訓練の間は魔力のコントロールを考えるが、訓練以外では考えない。


 常に魔力に意識を持っていては、集中力が切れる。

 魔力を使い立ての頃は、余計に体力を消耗するだろう。


 そのため、魔力訓練を始めた日から、エランの食事の量は増えていった。


「もぐもぐもぐ……!」


 そして、日を重ねて……エランはついに、右腕に魔力を流すことに成功した。

 体の一部分への魔力操作。コツを覚えれば簡単で、エランははしゃいだ。


 子供の力でも、魔力の質を高めれば岩でも砕くことができる。


「ふむ……エランは、魔力量が多いようだね」


「そうなの?」


 これまで観察していて、グレイシアは一つ確信したことがある。

 エランは、保有している魔力量が、とても多い。まだ幼いながら、すでに人間の大人と同等といったところだ。


 エルフ族であれば、魔力との親和性が高い種族なので、不思議はないが……

 エランは、人間の子供であるにも関わらず、魔力量は多いし、筋も良い。


「わあ、すごいすごい!」


 その後もエランは、訓練を続け……右腕以外にも、左腕、右足、左足と、各部位に魔力強化をすることができるようになっていった。

 驚くべきは、その成長速度だ。


 それに、身体への魔力強化は、シンプルだがそれゆえに、極めようとする者は少ない。

 エランが、この年にして全身強化もできるようになったのは、グレイシアすら驚いていた。


「へへーん、これならすぐ、ししょーに追いついちゃうかも!」


「はは、それは楽しみだ」


 全身への魔力強化……それを長時間できるのは、やはりエランの魔力量と筋の良さがあってこそだ。

 これなら、次のステップに進んでもいいだろう。


 いよいよ、待ちに待った魔導の杖の出番だ。

 魔法を使うには、頭の中のイメージを、魔導の杖を介して具現化することで、使用可能だ。


 この杖は、魔力制御以外にも、頭の中のイメージを具現化させる、媒体のような役目も担っている。

 これがあるほうが、より鮮明なイメージとすることができる。


「魔法、そして魔術。エランなら、すぐに使いこなせるかもしれないね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る