【番外編ⅰ】 あたたかな日々
――――――
「ししょー、ししょー朝だよ。そろそろ起きよーよー」
「んん……いいじゃないか、もう少しくらい……」
「だめー! 私が起こさないと、ずっと寝ちゃうんだから! えいみんだよ! おーきーてー!」
「わかった、わかったよ……まったく、朝から元気だなエランは」
ゆさゆさと、小さな手に揺らされて……グレイシア・フィールドは、ベッドから起き上がる。
その姿を見て、腰に手を当てている小さな女の子……エラン。
彼女は、のんきにあくびをしているグレイシアのだらしない姿を見て、ぷくっと頬を膨らませていた。
「全く、ししょーは私がいないとだめね!」
「はは、そうだな」
ボサボサの髪をかき、グレイシアは苦笑いを浮かべた。
エランは口では悪態をつきながらも、その表情はどこか嬉しそうだ。
グレイシアのお世話をするのが、好きなのだ。そうでなければ、恩人とは言え毎日世話はしない。
「さ、朝ごはんもできてるから、早くおきてよ!」
「はいはい。朝から元気だなエランは」
「さっきも聞いたよ!」
行って、エランはリビングへと戻っていく。
ベッドから立ち上がったグレイシアは、水魔法を使い顔を流していく。
そして、クローゼットから服を取り出……そうとしたところで、傍らに畳まれている服が置いてあるのが目に入った。
これは、事前にエランが服を選び、そしてグレイシアがすぐに着替えられるよう、準備をしておいてくれたのだ。
「小さいのに、立派なもんだ」
用意されていた服に着替えながら、グレイシアはエランの成長ぶりに感心する。
彼女と出会って……彼女を拾って、もう一年が過ぎた。
旅をし続けていたグレイシアは、ある日一人の少女を見つけた。
体はボロボロで、尋常ではない状態だとわかった。あのまま放っておくことは、できなかった。
それに、彼女を拾ったのは、彼女を不憫に思っての理由だけではない。
彼女は、黒髪黒目の少女だった。グレイシアは長いこと生き、各地を旅しているが、黒髪黒目の特徴を持つ人間と会ったことがない。
「……よし」
用意されていた服に腕を通し、グレイシアは部屋を出る。
黒髪黒目の小さな女の子を拾って、人里離れた場所に小さな小屋を立てた。
今やここが、自分と彼女……エランと名付けた少女の、家だ。
「ししょー、目ぇ覚めた?」
「あぁ、おかげさまでね」
リビングでは、テキパキと朝ご飯の準備をしている、エランの姿。
まだ小さな女の子に、お世話をされている。それが情けなくもあり、同時に彼女のためにもなっていることを自覚する。
彼女には、拾われる前の記憶がない。家族のことも自分がどうしてここにいたかも……自分の、名前さえもわからない。
そんな空っぽの彼女に、役割が与えられたのは、よかったのかもしれない。やることがなければ、きっと彼女はいろいろ考えてしまう。
それを、お世話してくれる免罪符にしてしまっている感は、あるが。
「おぉ、今日もうまそうだ」
「えっへん!」
小さな少女は、小さな胸を張りご満悦だ。
きのこのスープに、薬草から作ったサラダ。さらにはグレイシアが、近くの町から貰ってきたパンが並んでいる。
グレイシアは、長いこと生きてきたが……料理は、得意ではない。
なのでこうして、料理してくれる人がいるというのは、ありがたいのだ。
「いただきます」
「いただきまーす!」
二人で食卓につき、手を合わせて、食事をする。
こうしていると、まるで本当の家族のようだ。
エランと名をつけた、この少女。
エランとは、グレイシアの娘の名前だ。もうこの世にはいないが……
一人の女性と恋に落ちたグレイシアは、彼女との間に子を設けた。その子に、エランと名付けた。
だが女性は流行り病で亡くなり、エランも共に……
「んー、われながらおいしい!」
……亡くなった娘の名前を、この子につけたのだ。
なんて女々しいのだろうか。グレイシアは、自分で自分を女々しいと評していた。
それでも、この名前を付けたのは……
「ししょー、手が止まってるよ。わたしの料理が食べられないっての?」
「! いや、食べるよ。
……うん、おいしい」
考え事に手が止まっていたグレイシア。彼に、エランは不機嫌そうな声を漏らした。
いったいどこでそんな言葉を覚えてくるんだと、ちょっと心配だ。
エランの作ってくれた料理は、どれもおいしい。グレイシアの好きな味付けなのは、もしかして覚えたのだろうか。
話したことはないのに、たいしたものだ。
エランを引き取り、グレイシアはそれまで続けていた旅をやめた。元々、目的のない旅だった。
道中困っている人がいたら助け、それが結果的にエルフ族への信頼回復に繋がっている。
「そうだ、今日も魔導のこと、おしえてね!」
エランは最近、魔導について興味津々だ。
以前グレイシアが魔導を使っているのを見てから、自分も使ってみたいと目を輝かせていた。
それ以降、知識として魔導について、いろいろ教えている。
小さいうちからだと、物覚えがいい……エランの場合、記憶はなくても、地頭は良い方のようだ。
「エランは本当に、魔導が好きだな」
「うん! わたし、ししょーと同じくらいに魔導を使いこなせるようになるんだ!」
「はは、そりゃ楽しみだ」
元気に目標を立てるエランに、グレイシアは頬を緩めた。
愛した女性を、娘を亡くして、以来一人だった……失うのが怖くて、誰とも深く関わろうとしなかった。
けれど、この子は……本当は寂しかったグレイシアの心に、ぬくもりをくれた。
エランは、自分を救ってくれたのは師匠だと言うが。グレイシアこそ、自分はこの子に救われたと、そう思っている。
だから、この子の頼みはなんだって聞きたくなる。
「じゃあ食べたら、外に出よう。そこで、いろんな魔導を見せてあげる」
「やったー!」
グレイシアの言葉に、エランは両手を広げて喜ぶ。
その姿を見てまた、グレイシアの心があたたかくなる。
居心地の良い、空間……ずっとこのときが続けばいいのにと、グレイシアは願っていた。
同時に、こうも思っていた。エランのやりたいことが見つかれば、それを全力で応援しよう……と。
だってエランは……
「はむはむガツガツ……!」
「ほらほら、そんなに急いで食べると喉に詰まるぞ」
まるで、本当の娘のような存在なのだから。
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