404話 毒となる



「はぁ、はぁ……!」


 急に、苦しみ始めたルリーちゃん。

 胸元を押さえて、荒い呼吸を繰り返している。こころなしか、顔色も悪いような……


 その様子は、普通ではない。そう、思った。


「ルリーちゃん、しっかり!」


「は、はい……ふぅ……」


「ははは、いい姿だなぁ」


 苦しむルリーちゃんを見て、エレガは楽しそうに笑っていた。

 エレガは、ルリーちゃんが……ダークエルフがこうなるとわかっていて、魔大陸に飛ばしたんだ。


 ルリーちゃんの体を、支える。立てなくなるほどじゃないみたいだけど、苦しそうだ。


「あの、エランさんと……ラッヘさんは、なんとも……ないんですか?」


「私? うん、特には……」


「あぁ、私も別に……」


 私やラッヘは、体におかしなところは感じられない。

 けれど、ルリーちゃんは……なんだか、おかしいという。


 もしかしたら、だけど……ルリーちゃんの体内の魔力に、異常があるのかもしれない。

 私にも"魔眼"があれば、見るだけで様子がわかるのに。


「あぁーあ、本当ならそいつ一人で、なにもできず一人寂しい中で死んでいくはざだったのによ」


「!」


 この状態のルリーちゃんを、一人で……そんなこと、考えただけでもゾッとする。

 エレガの目的は、それだったみたいだけど。


「……ダークエルフをなんのために、この魔大陸に転送させた、って言ったな。

 つまり、魔大陸にはダークエルフに……毒になるようなものでも、あるってことか?」


「それって……」


「へぇ、頭の回転が早いじゃねぇかエルフ」


 ラッヘの指摘に、エレガが笑みを深める。

 それは、その指摘が正解しているということ。


 魔大陸は、私たちにとっては環境のよくない場所。魔族とダークエルフにとっては、逆に良い場所なのだと、思っていた。

 でも、それは違って……ダークエルフにとっても、良くない場所?


 いや、それどころか……私やラッヘにもない不調が表れているのを見るに、私たちよりも環境が悪いんじゃ……


「そうさ、ダークエルフにとってこの魔大陸の空気は、まさに毒。一日も居りゃ、だんだん体を蝕んでくるだろうさ」


 ……まさか……

 魔大陸に飛ばされて、この塔に来て、戦争が起こると言われて……協力するために、ガローシャの要請でこの塔で一夜を過ごした。


 ガローシャに……魔族に、この場所に引き止められた。

 まさか、魔族は……わざと、ルリーちゃんをこの場所に留まらせたんじゃ……?


「お前ら、あの魔族たちと仲間なの!?」


 最初、ラッヘが怪しんでいた通り……


「あん? 魔族と? なに勝手な妄想立ててやがる」


 だけどエレガは、素知らぬ顔だ。

 ごまかしている……わけじゃなさそうだ。あれは本当に、心当たりがないという顔。


 ……魔大陸にダークエルフにとって毒となるものがあるなら、それは魔族にとってはどうなのか?

 ずっとここに住んでいるのだから、魔族には毒にならないのだろう。


 とにかく、ここにずっといるのは、ルリーちゃんの体にはよくないってことだ。


「お前らがここにいるのには驚いたが……魔大陸から出ようともしていないとはな。

 ドラゴンに乗れば、あっという間だろう」


「く……」


 憎たらしいエレガの言葉だけど、実際そのとおりだ。

 ガローシャたちの頼みを受けなければ、今頃は……


 ……済んでしまったことを考えても、仕方ない。もう、魔族同士の争いとか知ったことじゃない。

 早く、ルリーちゃんを安全な場所に……


 そのためには……


「お前ら、邪魔だ!」


「おっと」


 目の前のエレガに殴りかかるけど、それを簡単に避けられる。

 得意げに笑っているエレガの顔が、なんて腹立たしい。


「頭に血ぃ上ってる奴の動きは読みやすいわな」


「っ……」


「落ち着け。てめえいつもへらへらしてるくせに、変なところで感情的になんのな」


「言い方」


 ラッヘが、私を落ち着かせようとしてくれる……してくれてるんだよね?

 何度か、深呼吸をする。ふぅ、少し落ち着いてきた。


 大丈夫だ。今の私なら、エレガ一人くらいどうとでも……


「あ、そうそう。お前らがいなくなったあと、大変だったぜ。逃げる連中を追い立てたり、歯向かってくるやつらを返り討ちにしたり……お前がいなくなったことでブチギレてたやつも、いたっけなぁ」


「!」


 お前らがいなくなったあと……それは、あの会場で、私たちが転移させられてしまったあとの話だろう。

 会場は、あのときすでにパニックだった。魔獣から人々は逃げ惑い、恐怖が辺りを支配していた。


 あの場に残してきた、クレアちゃんやノマちゃんやナタリアちゃん……みんな、どうしたのか。ずっと、考えてはいた。


「クレアちゃんたちは……みんなは、無事なんだろうね!?」


「ははっ、今更聞くかよおい!」


 エレガたちが現れた時から……いや、現れると聞いたときから、いやな予感は、していた。

 それでも、みんななら大丈夫と信じていた。


 こいつらの目的は、ルリーちゃんを魔大陸に転移させること……だけのはずだ。

 だから、私たちがあの場からいなくなれば、もうあそこに用はないから……帰った。そのあと、ここに来た。そう、思いたい。


 けれど……


「あぁ……なんなら、お前の知り合いの首でも持ってきてやれば、よかったか?」


「……っ、殺す!」


「おい、待て!」


 にやりと、いやらしい笑みを浮かべるエレガを前に……私の足は、勝手に動いていた。

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