【番外編ⅲ】 進みたい道
「んぬぬぬ……はぁっ、はぁ……」
「うん、またタイムが伸びてるね」
身体強化の魔法ができるようになり、エランは日々自分の体に魔力を流す訓練を行っていた。
魔導の杖を使った訓練に移れるステップではあるが……
『これ、きわめてる人は少ないんでしょ!? だったらきわめる!』
と、やる気満々のエランは身体強化の魔法にのめり込んでいった。
全身に魔力を流し、それを維持できる時間を計測していく。
日を重ねるごとに、時間は長くなっていく。それはエランの成長の証であり、グレイシアは自分のように嬉しく思っていた。
だが、本人としてはまだ足りないらしい。
「もっと、もーっと長く強化していたいのに!」
「エランの年でそれだけできれば、充分だと思うけどね。
ここまでできる子はいないんじゃないか」
「本当!?」
褒めて伸ばす……というわけではないが。実際に褒める点があるわけだし、これくらいはいいだろう。
むしろ、これだけの時間をやって、額に汗をにじませる程度なのが驚きだ。
エランは、並々ならぬ魔力を保有している。
こんな小さなうちからこれほどだと、将来は有望だ。
「でもそろそろ、他の魔法も試してみないか?」
「んー、ししょーがそう言うなら!」
エランはその後、グレイシア指導の下魔法を使った訓練に入る。
頭の中でイメージしたものを、具現化。イメージしやすいのは、火や水だ。
魔法とは、無から有を作り出すと思われがちだが、実際には違う。無からは無しか生まれない。
自分の体の中に流れる魔力を対価に、イメージしたものを作り出している。
魔力がなければ魔法は使えないし、魔力量によって使える規模の魔法も変わってくる。
それに、使うのは魔法だけではない。
「大気中にある魔力を使って発動するのが、魔術。
これは魔法よりも難易度の高いもので、まずは精霊と心を通わせなければいけない。魔術の属性と同じ精霊の力を借りて、魔術が使えるようになる。
だから基本的に魔術は、一人一つ使えれば上等なんだけど……」
「ししょー、見てみて! オオクワ!」
「話聞いてる!?」
魔導の説明をしていたが、飽きてしまったのかエランは木々に止まっている虫に夢中だ。
エランは、物覚えがいい。魔導については特に、知りたい意欲を隠せないようだ。
だが、やはり子供だ。先ほどまで興味津々であったというのに、目を離したらもう別のことに興味が映っている。
「ま、今日はこれくらいにしようか。エランも疲れただろう……
この間、ベルザ王国に行ってきたときに、甘くて冷たいお菓子を買ってきたんだ。それを食べよう」
「おかし! あまい!」
現金なもので、甘いお菓子という単語にエランの興味はそれに注がれる。
グレイシアは度々、近隣の国等に出掛ける。エランと暮らしていくにも、必要なものを買わなければいけないからだ。
その際に見つけた、甘いお菓子。きっとエランか気にいるだろうと思って、買ってきたのだ。
「でも、大丈夫なの? つめたいまま?」
家の中に入り、エランが不安そうな声を上げた。
この間買ってきたものなら、日が経てばもう冷たくはないかもしれない。
しかし、グレイシアは得意げに笑う。
「心配はいらないよ。エラン。
これが魔法の有効な使い方さ」
「わぁ、ひやひや!」
保管してあったお菓子は、冷たいままだ。
ずっと触っていたら冷たいので、エランは右手に左手にと持ち替えている。
コーンの上に、クリームが乗っているお菓子だ。クリームはふわふわとろとろで、食欲を誘ってくるようだ。
「さ、どうぞ」
「いただきまーす! ……ぅんん、冷たくておいしい!」
魔法により冷却されていたお菓子は、冷たいままだ。
魔法は、なにかを生み出すだけではない。こういうこともできるのだと、エランはまた一つ賢くなった。
ペロペロと、クリームを舐めているその姿に、グレイシアはポン、と軽く頭を撫でた。
「んむ、ししょー?」
「あー、いや……ずっと、こういう日々を送るのも、悪くないかなって」
これまで、一人で旅を続けてきた。
一人だと気楽だったし、好きな時に好きなことができた。グレイシアはもう何年、何十年と、その生活を続けてきた。
誰に遠慮することのない、生活……しかし、それはどこか、寂しいものがあった。
エランと出会ったのは、偶然だ。エランは、自分のことをグレイシアが助けてくれたのだと、思っている。
だが、実際に救われているのは……
「俺のほうかもしれないな」
「? どったのししょー」
「なんでもない」
お菓子を食べ終わり、グレイシアは立ち上がる。
わかっている。この生活が、いつまでも続かないことを。エランは、人間だ。エルフのグレイシアとは違う。
近い内に成長し、自分の道を見つけるだろう。その時、果たしてどんな道を選ぶのか……
あるいは、ずっと一緒にいることを、望んでくれるだろうか。
……だが、エランの才能は、一級品だ。こんなところで埋もれさせておくには、もったいない。
「エラン、魔導は好きか?」
「んん? もっちろん!」
「そっか」
魔導に興味を抱き始めた、この小さな少女。基礎的なことはグレイシアにも教えてやれるが、さすがにすべてをとはいかない。
魔導を学ぶには、然るべき機関で学んだほうが一番だ。
もし、この先も魔導について、もっと知りたい気持ちや強くなりたい気持ちが出てきたのなら……
その時は、グレイシアの方から背中を押してやるのも、いいかなと思った。
「んん〜、あまーい!」
――――――
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