400話 エランとクロガネ



 クロガネの放った竜魔息ブレスが、二体の魔獣を包み込む。

 魔獣……それも、白い魔獣は体がかなり硬く、ダメージを与えるのにも苦労する相手だ。


 だけど……


「お、おぉ……」


 クロガネのブレスを受けた二体の魔獣は黒焦げになり、あっという間に消滅した。あんなにも手強いと思われた魔獣が、あっさりと。

 これには、私もびっくりだ。まさか、こんなことって。


「す、すごいよクロガネ!」


『ふふん』


 クロガネは、どこか得意げな。ちょっとかわいい態度だな。

 これが、ドラゴンの力か……もしかして、私と決闘した時は、全力じゃなかったのではないかな?


『そんなことはない。契約者も、あれくらいは容易いだろう』


 私の心を読んだクロガネが、言う。クロガネがそう言ってくれるなら、ありがたいけど。

 私ももっと、魔導を磨かないと!


 ただ、その決意を新たにする前に……


「っち……うっとうしいな!」


 エレガが、黒いモヤを払う。体から放った風圧で、ルリーちゃんの魔術を無理やり吹き飛ばしたようだ。

 そして……


「! まじかよ……」


「あーあ、シータにゼータやられてんじゃん」


「あはっ、ドラゴンってすごぉい!」


 やられた二体の魔獣を確認して、エレガたちの視線が私たちに向いた。

 へへんどうだこれがクロガネだ、と自慢したい気持ちはあるけど、今はその時じゃないか。


 二体の魔獣は消し去り、今エレガたちが乗っている魔獣ももはや満身創痍だ。これなら、勝てる!


「そんで、ルリーちゃんの前で謝らせる! クロガネ!」


『うむ!』


 クロガネに頼み、急上昇。

 魔獣との距離が近づき、私は……魔獣へと、飛び移った。


「え、エランさん!?」


「なにしてんだあいつ!」


 下で、二人の驚いた声が聞こえる。

 そりゃそうだ。このままクロガネに乗ったまま遠くから攻撃していれば、危なげなく勝てるのに。


 でも、私は……どうしても、直接こいつを……!


「こいつ、マジか……!」


 驚くのは、当のエレガたちも同じだ。まさか私が乗り込んでくると、思わなかった。

 だから、誰もの動きが鈍い。遅い。動きがスローモーションに見える。


 拳を握る。これを、エレガの横っ面に叩き込む。それを考えただけで、高揚するこの気持ち……!

 気持ちが昂る……魔力が昂る……!


「いい度胸だ、袋叩きに……」


「エレガァアアアアア!」


「っ!?」


 エレガがなにかを言おうとしていたけど、そんなものを聞く義理はない。

 スローモーションの世界で、私だけがいつも通りに……いやいつも以上に速く、動けていた。だから。


 振り抜いた拳を、エレガの右頬におみまいした。


「ぬぅうううううぇい!」


 拳を力いっぱい振り抜き、エレガを吹き飛ばす。

 無防備に吹っ飛んでいったエレガが、そのまま魔獣から落ちるか……と思われたけど、寸前でジェラがキャッチした。


 ……あいつも、ルリーちゃんの故郷や仲間を……それに、ルリーちゃんの好きな人を……!


「ちっ、調子乗ってんじゃ……」


「きひひっ、邪魔!」


「ぶ!」


 私を止めようと、レジーが掴みかかろうとしてくる。だけど、今はレジーより優先すべきことがある。

 だから身をひねり、レジーをかわしてから、逆に蹴りを返す。


 顔に当たる前に腕でガードしたようだけど、衝撃までは殺しきれない。

 レジーは後退りして、その場に尻餅をついた。


「っ、とと……!」


 一瞬レジーに気を取られていた隙に、懐に入り込んでいたジェラが拳を突き上げてくる。

 私は背を曲げのけぞり、それを回避。勢いをつけたまま、足を振り上げる。


 つま先が見事に、ジェラの顎に直撃。苦痛の表情を浮かべていた。


「っ、く……っそ、ガキがぁ!」


「お前がなぁ!」


 顎が揺れれば、脳も揺れる……そのはずだけど、ジェラは倒れない。むしろ私に反撃してくる。

 魔力のこもった拳。それを私の頭目掛けて振り下ろしてくる。だから私は、迎え撃つためその場で一回転して、拳を振り上げた。


 私とジェラの拳が、ぶつかり合う。


「っ、こいつ……なんて力……!」


「友達の大切なものを奪ったやつなんかに、負けるかぁ!」


 私の今の力はきっと、ルリーちゃんへの思いから強くなっている。

 クロガネのおかげで、魔力が尽きる心配もしなくていい。存分に、暴れまわることができる。


 拳と拳の衝突……衝撃が、ジェラの手の骨を砕いていくのがわかる。それを感じつつ、私はジェラをぶっ飛ばした。

 本当なら、こいつらを殴るのはルリーちゃんの役目だけど……代わりに、私が……


「あはは、すごいすごいお姉ちゃん! 一瞬で三人を倒しちゃうなんて!」


 パチパチパチ、と、この場に似合わない拍手が響いた。

 それは、一部始終を見ていたビジーちゃんによるもの。


「すっごい魔力。魔族やダークエルフでもないのに、全然減ってないね。あのドラゴンと契約してるせいかな?

 それに、その髪の色。染めたわけじゃないし、いったいどうなって……」


「ビジーちゃん」


 無邪気に話すその子は、普通の子供に見える。

 とても、あのエレガやジェラの仲間とは、思えない。この場にあっても。


 にこにこと、歯を見せて笑うビジーちゃん。その姿は本当に、どこからどう見てもただの子供で……


「……歯?」


 ビジーちゃんの、歯……それは、なんだか普通のものとは違う。

 尖って見える……まるで、牙。

 ……牙?


 なんだろう、私は……あれを、どこかで見たことが、あるような気が……


「っ……」


 その時、頭に痛みが走り……なにかの、映像が流れ込んでくる。

 いや、これは……流れ込んでくるんじゃなくて、思い出している……いつか見た、光景を。



『−−−−−−……なんであんたまでここに。

 あんたは、森から逃れたダークエルフを狩る役割だろうが』


『えー、待ってばかりでだってつまんないんだもん。誰も出てこないしさ』



『いち、に……さんにん、かぁ。……じゅるり』


『おい、ダークエルフの子供は貴重なんだから、食うんじゃないよ』


『わかってるってぇ……でも、あは……

 ……オイシソウダナァ』



「……っ、これ、あのときの……」


 思い出したのは……ルリーちゃんの、記憶。ルリーちゃん自身が気を失ったため、ルリーが知らないはずの……記憶だ。

 なんで私の夢に出てきたのか、わからない。でもその中に、いたんだ。


 口元を真っ赤な血に染めた、黒髪黒目の女の子が。


『イタダキマス』


 邪悪に、笑っていた女の子の姿が……!


「ビジーちゃん……キミも、ルリーちゃんの故郷を……」


 あのとき、あの場にいた、女の子……あれは、ビジーちゃんだ……!

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