397話 予定外の事態



「敵襲です! 隣国、ラゼーナ国の兵士が攻めてきました!」


 カンカンカン、と大きな音が、周囲に響いていく。危険を伝えるために、なにかを叩いて大きな音を立てているのだ。

 さらに響く見張りの声。それを受けて、魔族たちの緊張感が高まっていく。


 それは、私たちも同じだ。だけど……


「おい、どうなってんだ。話じゃ、現れるのはまだ先だったろ」


「私に聞かないでよ!」


 ラッへの疑問は、そのまま私の疑問だ。

 ガローシャの話だと、隣国の魔族が攻めてくるのはまだ先のはず。なのに、今攻め込んできたという。


 もしかして、ガローシャが嘘を?

 ……いや、そんなことをしてガローシャに、メリットなんてないはずだ。


「ついに来やがったか……!」


「うろたえるなお前ら! 編隊を乱すな!」


 私たちとは別で、魔族の兵士たちは多少の動揺はあっても、すぐに立て直している。

 ガロアズから、今日戦争が起こる可能性を示唆されていた……私たちのように、時間まで指定されていたわけではない。


 だから、大きな動揺もない。相手が攻めてきて動揺しているのは、私たちがガローシャから未来を聞いたからだ。


「ちっ、まあ来ちまったもんは仕方ねえか……」


「ガローシャさんの話だと、エレガたちが出てくるのは戦争が始まって一時間後、という話でしたが」


「ま、アテにゃしないほうがいいな」


 すでに、時間は狂った。エレガたちが現れるタイミングも、ズレるかもしれない。

 そもそも、本当にエレガたちが現れるのか……という気持ちも出てくるが、それは抑えよう。


 考えてみれば、魔族同士の戦争に私たちは介入しないのだから、今動揺する必要はない。


「迎え撃つぞー!」


「うぉおおおおお!」


 勇ましい掛け声とともに、攻めてくる隣国の魔族を迎え撃つためにこちらも、兵士たちが打って出る。

 目の前で、ついに魔族同士の激しいぶつかり合いが起こる。


「私らは、流れ弾に当たらないよう気をつけときゃいいか」


 前線に出る鎧を着た兵士たち。後衛に構えるのは、魔法等で援護する兵士だろう。

 さっきまで、緊張感から静まり返って今この場が、またたく間に騒がしくなる。


 剣と剣のぶつかり合う音や、魔法を撃ち合う音が響いている。


「エラン様」


 私の背後から、名前を呼ばれた。

 振り向くまでもなく、それが誰だかわかる。私は振り向きつつ、口を開いた。


「様は付けなくていいのに……」


 そこにいたのは、ロゥアリーだ。

 彼女は私たちとを、様付けで呼んでいる。一応客人扱いということになっているらしく、だからこんな呼び方になっている。

 

「ガローシャ様から伝言が」


 彼女は、私たちとガローシャとの伝言役のようなものだ。

 ガロアズは前線で指揮を取っているが、ガローシャは城の中で待機している。聞いてはないけどやっぱり、お姫様的な扱いなんだろうか。


 そのガローシャからの、伝言。予想はつく。


「この状況についてだろう?」


「はい。未来が、姿を変えたことについて、ガローシャ様も大変驚かれています。

 決して、皆様を謀ろうとしたわけではありません」


「あはは……」


 まるで、考えていたことが読まれているようだ。

 そりゃ、本気でガローシャを疑ってはいないけど……やっぱり、気になっちゃうじゃん。


「そう言うってことは、未来が外れた理由は本人にもわかってないんだな」


「はい」


「今まで未来が外れたことは」


「ありません。私が未来を見たわけではないので聞いた話になりますが、いくつかの分岐した未来を見ることはあっても、未来自体が変わったことは、これまで一度もないそうです」


 ラッへの問いかけに、ロゥアリーは首を横に振る。

 見ることのできる未来は、いくつかの分岐点がある。AのパターンがあったりBのパターンがあったり……


 でも、見た未来が変わったパターンは、これまでにないらしい。


「単純な話、"こんなに早く現れる未来"を予見してなかったってだけじゃねえのか?」


「……わかりません。ですが……」


「うん。目の前で起こってることが、現実だ」


 ここで、ガローシャの未来予見についてあーだこーだ言っていても仕方がない。

 なんにしても、目の前で起こっていることがすべてで……私たちのやることは、変わらない!


「二人とも、相手はどこから来るかわからないから……」


「は、はい!」


「わかってらっての!」


 すでにガローシャの見た未来から外れた以上、エレガたちが現れるとしていつ現れるのかは、わからない。

 そのため、私たちは臨時戦闘態勢に。といっても、いつ現れるのか……本当に現れるのかわからない相手を待つのだから、限界まで緊張感を高めてはいられない。


 それだと疲れてしまうし……


『契約者よ』


「ん? クロガネ?」


 ふと、クロガネの声が頭の中に響いた。


『来るぞ、邪悪な気配が』


「邪悪、って……」


 この魔大陸自体、私たちにとってはあまりよくない環境だ。だから、わりとなんでも悪いもののようには思えるけど……

 クロガネが、邪悪って言うほど邪悪なもの……!


「まさか……!」


 自然と私は、空を見上げていた。

 私のいた場所、青空とは全然違う、紫色の空。


 その、空に……まるで、ヒビが入るように。亀裂が生まれ、それはどんどん大きくなっていく。

 あんなの、普通じゃない。間違いない、あれは……


「ははぁ、ここが魔大陸か! おぉいるいる、魔族ども。こいつら全部皆殺しに……」


「クロガネぇ!」


「グォオオオオオオ!!!」


「……は?」


 姿を見せたのは、白い魔獣。それも、一体や二体だけじゃない。

 しかも、その背中に誰かが乗っている。


 聞き覚えのある、男の声……だけど、それが誰かを確認する前に、私は行動に移した。そして、クロガネもまた。

 クロガネの放つ、強力な竜魔息ブレスが……現れたばかりの魔獣へと、直撃した。

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