394話 さあ朝だ



「エランさーん?」


「うーん……」


 私の名前を呼ぶ声がする。その声に導かれるように、私の声は覚醒する。

 今度は、間違いなく現実だ。夢ではない。


 現実の中で、私はゆっくりと目を開いた。


「……ルリーちゃん」


「おはようございます、エランさん」


 少し首を動かすと、寝ている私の顔を覗き込むような、ルリーちゃんの顔がそこにはあった。

 それは、夢の中で見た恐怖に染まった表情では、ない。


 いつも私に見せてくれる、あの顔だ。微笑みを浮かべて、私を見ている。

 考えてみれば、起きたらルリーちゃんがいるのは、新鮮だな……いつもは、ルームメイトであるノマちゃんの顔を見ることが多かった。


 だからノマちゃん以外を寝起きに見ることは、あまりない。それに、ルリーちゃんはフードを脱いでいるから、素顔だ。


「おはよう、ルリーちゃん」


 こうしてルリーちゃんと朝一番の挨拶をするのは、前にルリーちゃんとナタリアちゃんの部屋に泊まったとき以来だな。

 なんだか懐かしい気持ちになりながらも、私は正面のベッドを見た。


 そこには、ラッへが寝ていた……はずだったけど、すでに起きているのか、ベッドの中にラッへの姿はなかった。


「ん、ラッへは?」


「さあ……私も、さっき起きたので」


 どうやら、ルリーちゃんが起きたときにももう、ラッへはいなかったみたいだ。

 起きて朝の散歩にも行ったのかな? とも思った。ここが魔大陸でなければ。


 自分の知らない環境。それも、エルフにとっては良くない環境。魔物もそこらにいるはずだ。

 そんなところを、わざわざ一人で散歩するとは、思えない。


 ラッへは賢いわけだし。私よりもよっぽど、ちゃんとしている。


「まあ、ラッへなら心配いらないよ。ふぁあ」


 それよりも、だ。


「今日、なんだよね」


「……そう、言ってましたね」


 ガローシャが言っていた、他国との戦争が起こる未来。それが、今日だという話だ。

 魔族との戦争なんて、そんなのとんでもない話だ。ただでさえ、これまでは決闘とか試合とか、命の危険のないものをやってきた。


 それが、戦争に関わることになるなんて……


「いくら知りたいことへの手がかりがあるとはいえ、思い切ったこと決めちゃったなぁ」


「あはは」


 そのタイミングで、部屋の扉が開いた。

 そこにいたのは、ラッへだ。彼女は、起きた私たちを見て「起きてたか」と言葉を漏らした。


「ラッへ、おはよー。どこ行ってたのさ」


「ただ塔の中を見てただけだ。特別変わったものはなかったがな」


 どうやら、散歩自体はしていたみたいだ。塔の中をだけど。

 外よりはよっぽど、安全だろう。


「なにか、わかったことがあるんですか?」


「窓の外から、魔族たちがやたら張り切ってるのが見えたくらいだな。どうにも、今日起こる戦争に浮き足立ってる感じだな。私らが協力してるってのも、大きな不満はなさそうだ」


 おぉ、さすがはラッへだ。ただの散歩ではなくて、ちゃんと情報収集もしている。

 私はベッドから、立ち上がる。


 とりあえず、ガロアズとガローシャがうまく兵士たちに伝えてくれたみたいだ。

 私たちなんかをちゃんと受け入れてもらえるのか不安だったけど、まあなんとかなったようだ。


 そのとき、コンコン、と扉がノックされた。


「お三方、起きておられますでしょうか」


 外から、聞いたことのない魔族の声がする。

 とはいえ、その口振りから私たちへの敵対心は感じられない。多分、ガローシャの遣いだろう。


「はい」


「失礼します」


 返事を伝えると、ゆっくりと扉が開いた。

 昨日までは、魔族なんてどれも同じだと思っていたけど……こうして、魔族をじっくり見る機会があると、やっぱり違いがあるんだなというのがわかる。


 女の魔族は、私たちを見てペコリとお辞儀をした。


「ご起床されましたら、お呼びになるよう、ガローシャ様から言い伝えられております」


 ……人間だから、とかエルフ族だから、という理由で、嫌な顔一つしないんだな。ちゃんとしている。

 それとも、あくまでガローシャの遣いだから、表情を押し殺しているだけか。


 なんにせよ、彼女の案内で私たちは部屋を出る。

 ……その前に。


「えっと、着替えても?」


「もちろんです」


 昨夜は、用意してもらったパジャマに着替えて、就寝した。

 というわけで、部屋を出る前に服を着替える。


 ……魔導大会のときに着ていた服のまま転送されたから、学園の制服のままだな。一応、学園として登録して参加してたわけだし。

 ルリーちゃんは参加者ではないけど、同じく制服だった。


「それでは、参りましょう」


「うん」


 着替え終えた私たちは、魔族の案内で部屋を出る。

 それから長い廊下を歩き、大きな部屋の前に。昨日来たのと同じ部屋だ。


 扉が開く。奥には、椅子に座ったガロアズとガローシャの姿があった。二人とも優雅に紅茶を飲んでいる。


「おはようございます。三人とも、昨夜はよく眠れましたか?」


「うん、ふかふかのベッドだったよー」


 状況が状況だけに、よく眠れるかはわからなかったけど……結果的に、ぐっすり眠ることができた。

 ……いや、ぐっすりかどうかは、わからないけど。


 まあ、思っていたよりは眠れた、ってことで。


「それでは、早速ですが……本日起こる、戦争について。お話をしましょう」

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