382話 隷属の首輪



 いつの間にか、目の前に巨鳥がいた。やっぱり、ただの鳥じゃない。

 クロガネと変わらないくらいの大きさに、翼は四つ生えている。目は血走り、よだれを垂らしながら牙を剥いている。


 明らかに、魔物だ。それに、背中には魔族が乗っている。


「魔物……いや、ドラゴン……!?」


 クロガネを魔物だと勘違いしていた魔族は、クロガネの姿を見て一瞬動揺する。

 けれど、それも一瞬だ。次の瞬間には、ギロリとこちらを睨みつける。


 ドラゴンだろうと魔物だろうと関係ない……そんな顔だ。


「なんであろうと、排除する!」


 その宣言を受け、魔物は大きな雄叫びを上げる。「キェエエエ!」と耳が痛くなるほどの声だ。

 おまけに、大きく羽ばたく。この巨体で、四つもの翼をはためかせられると、突風が巻き起こる。


 吹き飛ばされないよう、クロガネの背中にしっかりとしがみつくけど……


「うひゃああああ!?」


 こちらを吹き飛ばそうとしている意思が強いからか、さっきのクロガネ猛スピード急旋回よりも、よっぽど落ちそうになってしまう。

 このままじゃ……


「! ドラゴンに乗っているのは、エルフにダークエルフ……それに、人間!? どうなって……」


「グォオオオオオォオ!!」


 対抗するように、クロガネが雄叫びを上げる。

 驚くことに、たったそれだけで、魔物の羽ばたきはやんだ。体を丸め、警戒するように防御態勢を取っていた。


『フン……でかいだけで、貴様のような魔物にワレが怯むとでも?』


「……キッ……」


 すごい……さっきまで、高らかに声を上げて威嚇してきた魔物が……

 クロガネの圧に押されて、縮み上がってしまっている。


 それと、魔物にクロガネの言葉は、通じているのだろうか? クロガネの言葉は、魔物に通じるのかはわからない。

 通じていなくても、ものすごく威圧は感じられるだろうけど。

 ただはっきり言えるのは、その言葉と圧を受けた魔物が、さっきまで吠えていたのが嘘のように静かになった。


「おい、なにしてる! さっさと始末しろ!」


 どうやら魔族には、クロガネの声は聞こえないようだ。

 動きを止めた魔物に、しびれを切らしたかのように文句を告げ、だんだんと地団駄を踏んでいる。


 背中に乗せてもらってるのに、あんなひどいこと……


「キッ……!」


「ちっ……さっさと動け!」


 言うことを聞かない魔物……その様子に、魔族は懐からなにかを取り出した。それは、ムチ。

 あれで、攻撃してくるのか……そう、身構える。


 だけど、そのムチは私たちに牙を剥くことはなかった。ムチが叩きつけられたのは……



 バチィッ!



「ビギャァアアア!」


 魔物の、背中だ。

 バチッ、と大きな音が響いたかと思えば、魔物が痛々しく叫び始めた。その悲鳴に、思わず耳を塞いでしまいたくなる。


 あの魔族と魔物は、仲間じゃないの!? あれじゃあ、まるで無理やり従わせているみたいだよ。

 ただ……あんなムチで、こんなに大きな魔物が叫ぶほど、ダメージを負うものなのか?


「……"隷属の首輪"か。嫌なもん見ちまったぜ」


 その光景を見ているのは、私だけではない。

 ルリーちゃんは目元を手のひらで覆い、ラッへは苦々しい表情で舌打ちをしていた。


 なにやら、聞き慣れない言葉とともに。


「れいぞく……の、首輪?」


「……あの魔物の首元、見てみろ」


 ラッへに促されて、私は魔物の首のあたりを見た。

 さっきまでは気づかなかったけど、そこには……黒い、首輪のようなものが嵌められていた。


 おしゃれ……と言うには、ラッへの言葉が不穏過ぎる。


「どういうこと?」


「言葉通りの意味だ。あの首輪を嵌められた奴は、本人の意思とは関係なく、命令に服從するようになっちまう。ま、首輪以外にもいろんな種類があるみたいだがな。

 逆らえば……あの通りだ。こいつの場合、あのムチがスイッチみたいなもんで、体には電撃が流れる仕組みだろうな」


 ラッへの説明に、ゾッとする。

 あの魔物は……自分の意思とは関係なく、従わされて……逆らえば、目に見えない電撃を体に流される。


 そのせいで、魔物は苦しんでいる。でっきり、この魔族と魔物は、私とクロガネみたいな関係だと、思っていたけど……

 それは、とんでもない勘違いだった。


「なんて、ひどい……」


「言ってる場合じゃねぇ。来るぞ」


 あの魔物は、魔族に協力しているわけではない。無理やり協力させられている……

 どうしてそうなったのか、その境遇に悲しさを覚えるけど、そんな余裕はない。魔物は、ついに私たちに敵意を向ける。


 クロガネに対する畏れよりも、隷属の首輪に対する恐怖や痛みの方が上回ったってことか。


『みな、耳を塞げ!』


「二人とも、耳を塞いで!」


「キェアァアアア!!」


 魔物が大きく口を開け、クロガネは叫ぶ。その言葉を、私はルリーちゃんとラッへに伝え、耳を手で塞ぐ。

 その直後、魔物から発せられる、いやに甲高い声が、周囲へと放たれる。


 耳を塞いでても……嫌な声、いや音みたいなものが聞こえる!


『手を離すな。直接聞けば、鼓膜から破壊するほどの超音波だ』


 なにそれ怖い!

 クロガネは大丈夫なのか……ドラゴンは、硬い鱗を持っているし、防御力だけじゃなく。私たちよりもいろんなものに対する耐性が、あるのかもしれない。


 なんにせよ、ここはクロガネに任せるしかない……!


「ルォオオオオ!」


 どでかいクロガネの叫びが、魔物の超音波と拮抗する。ただの咆哮で、とんでもない力だ。

 そして、魔物が怯んだ隙に、クロガネが狙いを定め……ボディを狙って、思い切り拳でぶん殴った。


 ……ぶん殴った!?

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