379話 ドラゴンの背中で空を飛ぶ



『それにしても、まさか人間とエルフ、ダークエルフが共に旅をしているとはな』


 クロガネの背中に乗り、空を飛ぶ。

 大きな背中だから、私たち三人が座っても、まだ全然余裕がある。


 それに、歩くよりも断然速い。

 大陸というからには、この魔大陸は巨大なんだろうけど……これなら、すぐに魔大陸を出ることがでえきそうだ。


「あ、クロガネも気になっちゃう?」


『そうだな。そもそも、ダークエルフは世界中の種族から嫌われていると言ってもいい。

 それと、その火の粉を受ける形となったエルフが共に行動をしているなど。この目で見るまでは、信じられぬことだ』


 どうやらクロガネが持っている情報も、私が持っている情報とそうは変わらないみたいだ。

 ダークエルフは、昔大罪を犯し……そのせいで、未来のダークエルフまで恨みを買う結果となった。

 しかも、同じエルフ族という理由で、矛先はエルフにも向かった。


 つまり、ダークエルフは世界中から嫌われているけど、一番嫌っているのはエルフということだ。

 その二人が、一緒にいるんだもんね。


「そういえばクロガネにはまだ、私たちがどうして魔大陸にいるのか、話してなかったね」


『あぁ。しかし、ここに至るまでの経緯は、契約の繋がりで感じ取ることができている』


 まだ、クロガネには私たちがここにいる、経緯を話していない。でも、クロガネはわざわざ話す必要はないという。

 どうやら、契約したおかげで、わざわざ口にしなくても伝わるみたいだ。


 魂が繋がり、考えが伝わるようになった……そういうことらしい。


『最も、伝えようと念じたものでなければ、ワレにもわからんがな』


 そりゃそうか。なんでもかんでも相手のことが筒抜けになったら、プライベートがなくなっちゃうもんね。


「私の見てきたことや感じたことは、クロガネにも伝わるんだね。逆に、クロガネのことも私にはわかるってこと?」


『そうなるな。しかし契約を結んだとはいえ、そう簡単にワレの全てをつまびらかにするつもりはないぞ』


 めんどくさい彼女みたいなこと言い出すなこのドラゴン……


「うーん……あ。じゃあ、私が記憶を失う前のことって、なにかわかったりする?」


 相手のことが、わかる……それは、もしかしたら私もわからない私のことが、クロガネならわかるかもしれない。

 私が記憶を失った、十年以上前のこと。私はいったい誰で、どこでなにをしていたのか。


 師匠に拾われる前の私は、いったい……


『すまんな、わかるのは、契約者の記憶にあるもののみだ』


『覚えてないことは、わからないってこと?』


『あぁ。しかしどんなに幼くとも、経験は記憶として、頭の中に、心の底に残っているもの。染み付いた記憶は、魂を通じてワレに伝わる。

 しかし……記憶自体がないのでは。ワレにも計ることはできん』


 ……やっぱり無理か。そんなに甘くないよね。

 自分でも覚えてないことを、伝える術なんてない、か。


 ただその頃の出来事を忘れているのと、その頃の記憶自体がないのとでは、意味が違う。

 前者なら伝えることは出来るけど、後者だと無理ってことか。


『……契約者は、記憶を取り戻したいのか?』


 クロガネが、私に問う。記憶を取り戻したいのか、どうか。

 ……記憶、か。


「どうだろ。私は、今の自分が好きだし……記憶がなくなる前の私も、私だけど。記憶を取り戻したことで、もし今の私が消えちゃうなら……

 私は、今のままがいいな」


『そうか……』


 これまでに、積極的に記憶を戻そう、なんて考えたことは、なかった。

 でも、その機会が出てきたとしたら……私は、どうするんだろう。


 自分のことがわからないのは、怖い。でも今の私は、いろんな人がいろんなものをくれた。

 私は……


「なんだありゃ」


 そこへふと、ラッヘの声が聞こえた。

 彼女は先頭に座り、目を凝らして正面を見ていた。


 なにがあるのか……と、聞くまでもなく。

 正面を見ると、それは見えた。


「建物……塔?」


 そこにあったのは、黒く長い建物……一言で言うなら、塔だ。

 まだ、そこまでは距離がある。とはいえ、クロガネの速度なら、そう時間が経たないうちにたどり着くだろう。


 今まで殺風景だったのに、あそこだけ……

 なんだか、異様に見えるな。


「だ、誰かいるんでしょうか」


「こんななんもねえ場所だ。あんなもんが建ってる時点で、人工的な手は加わってるだろうな」


 周囲にはなにもなく、あそこに建物がある時点で、誰かが建てたと考えるのが自然だ。

 問題は、今あの塔に、誰かがいるのかってことだけど……


『! 皆、ワレの体に掴まれ!』


「え……わ!」


 あの場所が、なんなのか。考える暇もなく、私の頭の中に、クロガネの声が響いた。

 掴まれとは、どういう意味なのか。それを問う間もなく、事態は動く。


 体が、揺れる。それは、私たちが乗っているクロガネが、急に右方向に移動したからだ。


「おわっ! どうしたんだおい!」


「わからない! クロガネが、掴まれって……わっ!?」


 次の瞬間、正面から飛んできた、紫色の光線が、さっきまでクロガネが飛んでいた場所を過ぎていく。

 あのまま、さっきの場所を飛んでいたら、光線に当たっていた。


 あれはなんだ、と考える暇は、やっぱりない。

 次々と飛んでくる光線を、クロガネは右へ左へ、上へ下へと避けていく。


「め、目がぁー……!」


「ちっ、これ、攻撃されてんのか! 明らかに狙われてやがる!」


「えぇ!?」


 なんだか、わからないけど……どこかから……

 いや、あの塔からだ。あそこから、狙われている……!?

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