371話 魔族の力
無害だと思っていた、魔族の子供……彼によって、あっさりとルリーちゃんとラッへは、行動不能に陥ってしまった。
ルリーちゃんは、魔族の子供の背中から伸びた三本目の手に掴まれて。ラッへは、その場で膝をつかされるほどの謎の力によって。
「なん、っだこりゃあ……!」
「重力操作……魔族と会うのが初めてなら、こんな経験も初めてじゃない?
重力に押しつぶしきれないのは、驚いたけど」
「重力……ッ?」
……重力操作? なんだそれ、そんな技術聞いたことがない。
「キミにかかる負荷のみ、重力を重くした。聞くよりも、感じろ、だ。今キミの身に起こっていることが、すべて」
「どんな仕掛けだ……!」
「さあ」
もしかして、魔族特有の能力ってことなのかな?
獣人や亜人にも、その種族によって固有の能力がある。知らない魔族に知らない能力があっても、不思議じゃない。
まずいな……ラッへはともかく、ルリーちゃんは、下手に動けば体を潰される。
死ななければ、回復魔術で傷を癒やすこともできる。けれど、この環境じゃあ……
「そっちのエルフは、ほとんど魔力が尽きてる。そっちのダークエルフは、魔術さえ使わせなければたいした脅威じゃない。
一番脅威なのは、ドラゴンの
「グォオオオオオオオ!」
私が一番脅威だと思っているからこそ、二人を人質に私の動きを封じる、ってことか。
どうしよう……そう考えていると、待機を揺るがすほどの咆哮が轟く。
それは誰のものか、考えるまでもない。これまで成り行きを見ていた、ドラゴンのものだ。
それは、単に威嚇の咆哮……というだけではない。すさまじい魔力が溜まっていき、ドラゴンの口の中には高密度のエネルギーが……
「って、ちょっとちょっと待って! ラッへとルリーちゃんが、動けな……」
『ワレノ知ルトコロデハナイ』
「それはそうかもだけど!」
考えてみれば、そうだ。ドラゴンにとって、自分を傷つけた魔族の子供は敵。
だからといって、私たちの味方ってわけでもない。私たちに敵意がないことは示したけど、だからなんだって話だよな!
だからって、ラッへもルリーちゃんも動けない状況であんなの撃たれちゃ……ヤバいって!
「ありゃりゃ、それもそうか。ドラゴンにはこのエルフたちの人質作戦は通用しない」
「わかったら離して!」
「それは無理」
このままじゃ、魔族の子供もろともルリーちゃんもラッへも、ドラゴンのブレスが直撃してしまう!
あんなの、直撃したらどうなるかわかったもんじゃない!
そうしている間にも、魔力の密度は上がっていき……
『消エ去レ!』
ドラゴンの、大きく開けられた口の中で、特大の魔力が固まり、それがカッと光り、放たれて……
「やめてぇ!!!」
私は、ただ無我夢中で叫んだ。やめて、と。
こんな叫び、聞き入れられるはずもない。だけど、理屈じゃない。叫ばずには、いられなかった。
私の言葉も虚しく、ドラゴンのブレスが放たれる……そう、思っていた。
「……あれ?」
また、あのすんごい攻撃が来る……そう、身構えていたけど。
いくら待っても、攻撃は放たれない。それどころか、上昇していた魔力の密度が、下がっていく?
見れば……ドラゴンの口の中に溜まっていた、魔力のエネルギーは……消滅していた。
「な、なんで……?」
私は、その後景に目を丸くするばかりだ。
確かに、やめて、と言ったけど……それで、本当にやめてくれた、ってこと?
ただ……
『……?』
ドラゴンも、不思議そうにしているのが、気になった。
「くく……あははは! なんだか知らないけど、わざわざドラゴンを止めてくれたってことかな!」
なにが起きたかわからないのは、魔族の子供も同じだ。
笑ってはいるけど、人質が通用しなかった以上、本当はヒヤヒヤしていたに違いない。
でも、このまま好きにさせるわけには……
「ぐ……エラン、さん……私の、ことは、いいですから……!」
「うるさいな、静かにしてろよ」
「! ぎ、ぁあああぁあ!?」
ルリーちゃんの体が、ぎゅうぅ……と締め付けられる。人一人をわしづかみにして、握りつぶそうとするほどの巨大な手。
苦しむルリーちゃんの姿に、私は頭の中に血が上っていくのを、感じた。
「お前ぇええ!」
「おいっ、んな状態でむやみに……っ」
自然と、足が動いていた。ラッへが止めようとするけど、その声では私は止まらない。
今の私は、魔力が充分じゃない。それに、回復速度だって遅い。調整して使わなきゃっていうのも、わかっている。
それでも……ルリーちゃんを危ない目にあわせられて、黙っていられるか!
「ルリーちゃんを、離せぇえ!」
「ふん……そんな程度の魔力じゃ、ぼくには傷一つつけられないよ。キミは魔力が尽きるまで、無駄な攻撃を続けると……っ!?」
「おりゃああ!」
グダグダとなにか言っているが、関係ない。
私は、右拳に魔力を集中させて、今のありったけを込めて、打つ。どのみち、今の全力が通じなきゃ、ちまちました攻撃も意味ないんだ。
魔族の懐にまで近づき、拳を振り上げ……思い切り、打ち抜く。
拳を打ち出し、それが魔族の顔面に当たる直前……なぜだか、爆発的に魔力が上昇したのを、感じた。
「っぶ……!」
すっかり油断しきっていた魔族は、私の拳をもろに受け、吹き飛ぶ。
ルリーちゃんを掴んでいた手はルリーちゃんを解放し、ラッへも体に自由が戻ったようだ。
殴った手が、ピリピリと痛む。それに、私の中に感じる、この魔力は……
「っ、つつ……なん、だ、いきなり魔力が、膨れ上がって……
なんだ、その姿は!? その髪の色は!」
「?」
地面に転がっていた魔族は起き上がり、私を見て、激昂する。
はて、その姿、とはなんだろう。髪の色って……そりゃ、珍しい黒髪だけど。今更そんなこと言われてもな。
いやそんなことより、私の中に溢れている、この魔力。これ、私自身のもの……じゃない。
これって、もしかして……
『……ッ、ワレノ、魔力ヲ、吸収シタ……ダト?』
これ……ドラゴンの、魔力が、私の中に流れてきている?
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