第285話 人か、獣か



「……はい?」


 今、なにを言われたのだろう……よく、意味がわからなかった。それは、私だけ、なんだろうか……多分、そうだろうな。だって……

 "魔人"と"最上位種"は同じ存在だ、なんて。それは、ノマちゃんとあの魔獣が同じ存在、って言ってるようなものなのだから。


 ノマちゃんの友達である私が、多分一番、この中で衝撃を受けている。


「前に、生き延びた子を調べるために、検査をしたの。

 結果は、異常なし……人と魔の血が混ざりあっている以外は。だけど、もう一つあったの」


「え?」


「魔導の力が、格段に上がっていた」


 以前、王城でノマちゃんと再会したとき……マーチさんは、ノマちゃんの体には異常がないと言っていた。血が変わっていること以外は。

 でも、実はもう一つあった。


 魔導の力の上昇。それも、格段に……ということらしい。それって、どういうことだ?


「なんで、前のときは教えてくれなかったの?」


「確かに、彼女は以前に増して力が大きくなったことを喜んでいたけど、私は以前の彼女の力を知らないから。

 人と魔の血が混ざりあっている、目に見える状態じゃなく、目に見えない状態はおいそれと口にできないよ」


 ノマちゃん、力が大きくなったことを喜んでいたのか……その姿が目に浮かぶようだよ。

 検査のときにはわかっていたみたいだけど、マーチさんとしては確信のない情報は口にできないってことか。


 ノマちゃんも、口止めでもされていたのかな。


「今回の"最上位種"、調べた結果……生き延びた子と、同じだった。魔獣には魔の血しか流れていないはずなのに、人の血が混ざりあっていたの」


「……魔獣に人の血?」


 話は続く。マーチさんが口にしたのは、驚くべき内容だった。

 "最上位種"と呼ぶことにしたあの魔獣には、人の血が流れていると……そう、言ったのだ。


 人に魔の血が流れている……それも信じがたいことだけど、その逆はもっと信じられない。

 そして、それが意味することは……


「"最上位種"は、人間の姿から成ったもの……

 ……いや、正確には違うか。元々人間だったものが魔獣になった姿、って言った方が正しいかな」


 衝撃の、一言だった。


「それは……にわかには信じられない話だな。それに、その言い方だと、魔獣になってしまえばもう人間には戻れないというように聞こえる」


「……」


 マーチさんは、なにも答えない。


 眉を潜める王様。他のみんなも、似たような反応だ。

 魔獣とは、魔物よりもさらに凶悪に凶暴に進化した生き物。体に魔力を纏っていて、生半可な攻撃は通用しない。


 ただ……それだけといえば、それだけの存在だった。

 でも、今の話は……!


「じゃあ、ノマちゃんがあんな化け物になっちゃうってこと!? そんなの、信じられるわけ……」


「落ち着け、エラン。まだリベリアン氏の話は終わっていない。

 というか、せっかく彼女が名前を伏せてくれていたのに、お前は……」


「あ……」


 思わず立ち上がった私に、ゴルさんは落ち着いた様子で話す。それに、私がマーチさんの気遣いを台無しにしてしまったことも。

 この場で、ノマちゃんが"魔人"だということを知らないのはアルミルとカゼルだけだ。けど、学園関係者じゃない二人に名前が伝わらないよう、配慮してくれていたというのに。


 チラッと、二人を見る。二人とも、急に立ち上がった私を見ていたけど、なにも言わない……

 とりあえず、私は座る。


「ん、ゴルドーラ王子の言う通りだよ。まだ説明が残ってる」


「ごめんなさい」


「ううん、友達のことだもん。仕方ないよ」


 ……実際のところ、どうなんだろう。ノマちゃんがあんな化け物になってしまう可能性は。

 それを、今からマーチさんは、明らかにしてくれるのだろうか。


「これも、サンプルが少ないから断言はできないけど…………彼女が、魔獣になってしまう可能性は、あると思う」


「……っ」


「あくまで、推測の話だよ。さっき話したみたいに、検査結果からわかった事実じゃない……仮定の話」


 マーチさんの話し方は、淡々としていて……そして、その話の内容は、私に衝撃を与えるには充分だった。

 事実ではなく、仮定……そう言ってはくれているけど、そうなる可能性があるというだけで、私にとっては大きな問題だ。


 人間が魔獣に変化する……それが"魔人"。人と魔の血が混ざりあって生まれた存在。

 その存在を生み出したのが……レジー、それにダークエルフの故郷を襲った、人間たち。


「回りくどい言い方してんな、さっきと矛盾してるぜ。はっきり言えばどうだ、可能性じゃなく、魔獣になるのが確定してるってな」


「おい小僧、そのような……」


「元々人間だったものが魔獣になった姿、が"最上位種"……"魔人"なんだろ。そもそも、そうならなかった奴らが山ほど死んでるって話だったろ」


 ……厳しい言い方だけど、カゼルの言葉は正確だ。"魔死事件"によって死んでいった人たちはたくさんいる。その中で、ごく少数の生き残った人。

 生き残ったってことは……その人が、魔獣になる適性があると、そういうことで……


「……ということはだ。この間王都で暴れた魔獣、アレも元は人間だったということか?」


「!」


 冷静な、王様の指摘……そうだ、ノマちゃんのことばかりに衝撃を受けていたけど。

 もしも真っ白な魔獣が"最上位種"であるならば。レジーが召喚したあのオミクロンと呼ばれていた魔獣も、元は人間……いや、あの魔獣だけじゃない。


 ルリーちゃんの……ダークエルフたちを蹂躙し、故郷を奪い去った魔獣。アレも、元は……!

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