第282話 はぐれ魔獣



 あの獣……いや、魔獣。そいつは、魔獣の"上位種"よりもさらに上の存在だと、マーチさんは言った。

 魔獣にも位があって、言葉を喋るものを"上位種"と呼ぶ。それが魔獣の最高位だと師匠から聞いていた。対峙したのは一度しかないけどね。


 正直、"上位種"についてもよくはわかってない。師匠曰く、通常の魔獣よりも凶暴で言葉を喋る、ということだけ覚えておけばいいみたいだけど。

 でも……


「"上位種"よりも、とんでもない化け物……それは、確かか?」


 多分、誰もが思っていることを確認するように、王様がマーチさんに聞く。

 マーチさんは、これまで数々の開発研究の分野で成果を残してきたらしい。だから、その見解が間違っているとは思えない。


 それでも、本当にそうなのか……私たちは、確かめなければいけない。


「そうだよー。魔物、魔獣は殺したら死体は残らずに消える……だから、調べるにしても生きたまま捕らえるってのが前提。

 魔獣みたいな凶暴な生き物を生きたまま捕らえるのは難しいから、これまで調べてきた魔獣のサンプルは多くない。けど、これは間違いないよ」


 自信を持って、マーチさんはうなずいた。

 そこまで自信を持っているのならば、あの獣は魔獣だったってことだろう。


 これまでの魔獣の特徴と、あの魔獣の特徴は大きくかけ離れている。普通の魔獣は、魔法を吸収したり魔術が撃てなくなったり、そんなことはない。

 それに、一度対峙した"上位種"だって、そんな特徴はなかった。


「エランちゃん、キミから直接、あの魔獣……マーは呼びやすいように『ケルちゃん』って呼んでるけど。

 ケルちゃんについて、感じたこと、起こった出来事、本人の口から聞きたい」


「……話を割るが、ケルちゃんってのはなんだ。随分緊張感のない名前だが」


「だって、あの魔獣頭が二つあるんだもん。だから、三首の地獄の門番ケルベロスになぞらえて、ケルちゃん」


 まあ三首じゃないからケルベロスでもないんだけどね〜、と緊張感なく笑うマーチさん。そのネーミングセンスは正直どうかと思うが、別にいっか。マーチさんが呼びやすいだけなら。

 それにしても、魔獣……ケルちゃんについての話は、ちゃんと伝わっているだろうに。また話さなくちゃならないのか。


 ……いや、本人の口からって言ってたもんな。人聞きと、本人から直接聞くのとじゃ、意味が違ってくるか。


「わかった。王様にもちゃんと話したほうがいいもんね」


「うむ、助かる」


 私は、ケルちゃんと対峙したときのことを、覚えている範囲で話し伝えた。

 覚えている範囲でっていっても、あんな印象的な出来事、早々忘れることなんてできないんだけどね。


 ここにいる人たちの中で、事前に私から直接話を聞いているのはゴルさんだけだ。

 コロニアちゃんとコーロランはわからないけど、マーチさんはもちろん他の四人も情報は伝わっていると考えて良いだろう。


 一通りの情報を伝え終えると、誰ともなくため息を漏らす。


「……なるほどな」


 それからしばらく無言の時間が続いた後、王様が重々しく言葉を漏らした。

 みんな、今の話を聞いてどう思っただろうか。信じられないと思ったか、それともちゃんと信じてくれただろうか。まあ本当のことだから信じてもらわないと困るんだけど。


 ちなみに、魔獣にとどめを刺したのは私じゃなくて冒険者のフェルニンさんだってことも、ちゃんと伝えておいたからね!


「魔法を吸収、ねぇ……それに、魔術が使えないってことは精霊が寄り付かないってことだろ? どんな体質だよ」


 私の言葉を信じているのかいないのか……ただ、オールバックの意見には同感だ。あんな変な体質があったからこそ、あれが魔物や魔獣じゃないと思っていたのに。

 むしろ"上位種"よりさらに上の存在だった、なんてね。


 もしあんなのと運悪く出くわしたら、たちまちやられてしまうだろう。魔法も通じない魔術も使えない相手に、普通の魔導士が太刀打ちできるとは思えない。


「エランちゃんの話は、マーが聞いてたのと概ね同じ内容。でも、本人から聞いたことでより確証を得られた」


「確証?」


 マーチさんは、あの魔獣に対してなんらかの確証を得ているという。いったいなんの……


「捕まえた魔獣ケルちゃんと、地下牢に拘束しているレジーって女が召喚したっていう魔獣……それは、同類ってこと」


 レジーの召喚した魔獣……確か、オミクロンって呼んでいた。あれと、同類……同じってことは。

 あれも、人に操られた魔獣ってことか……?


「ただ、ケルちゃんは誰かの命令で動いてたわけじゃないと思う。そうなら、捕まえてその後音沙汰がないのも変だからね。

 多分、レジーみたいに誰かが召喚した後に解き放たれた……はぐれ魔獣ってとこかな」


 はぐれ魔獣、なんてはた迷惑な話だ。

 あれが召喚された魔獣だとして、召喚した者はケルちゃんの動向に関与していない。それが、マーチさんの見解だ。


 レジーはエレガやジュラの仲間っぽくて、エレガやジュラもまた魔獣を操っていた。白い魔獣だ。つまり、白い魔獣はまだ他にもたくさんいる可能性もある。

 その中で、ケルちゃんのように普通に道端に出てくる可能性もあるやつがいる……と。


 正直、勘弁してほしいんだけど……

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