第281話 遥かに上の存在



「魔獣ぅ?」


 マーチさんが言った言葉に、と眉をひそめるのはカゼルと呼ばれた若者。

 その本能は、すでに一度あの獣を見たことがある、ってことだろうか。もしかして、ここにいる人たちってあの獣を見たことがあるのかな。


 ギルドに引き渡した後、どうなったかは聞いてないけど……ここに集められたってことは……


「あの獣、マーチさんが調べてるの?」


「そそ。マーが調べてるよ。ギルドから話があってね」


 やっぱり、マーチさんが調べているのか。マーチヌルサー・リベリアン……ノマちゃんが言うには、あらゆる開発研究の部門ですごい有名な人らしい。

 子供みたいな容姿だけど、見た目と中身は合わないってことだ。


 ノマちゃんのことも調べてくれたわけだし、信用できる人だ。


「いやー、驚いたよ。見たことのない獣を倒して持ってきたのが、エラン・フィールドちゃんだって聞いたときは」


「いやー、倒したのは私じゃなくて……」


 いや、なんかもう、いちいち訂正するのが面倒だから、このままいこう。

 そんな私たちの会話を聞いて「それで」とカゼルが言葉を挟む。


「アレについてわかったことがあるなら、説明してもらおうか。マーチヌルサー・リベリアンさんよ」


「相変わらず嫌味な態度を隠そうともしないねぇ。はいはい、今話すからおとなしくしててくださいよカゼル・オートラインさん」


 ……なんだろう、この二人の間にもなにかあるのか。険悪、ってわけじゃないけど、ピリピリした空気を感じる。

 この灰髪オールバックは、いろんな人との空気を気まずくさせる天才なのかな?


 とはいえ、私もあの獣については気になっているので、黙っておく。


「こちらは暇ではないんだ。陛下からの呼び出しだっていうからこうしてここに来た。そして、陛下の名を使ってまでということは、相当な案件なんだろうな?

 マーチヌルサー・リベリアン」


「だから呼んだんだよー。なんで、少し黙って話を聞いてなよ。

 カゼル・オートライン」


 ……気まずいよぉ。帰りたいよぉ。

 あのオールバックだけじゃなくて、マーチさんにも結構なトゲを感じる。まあ、あんな話し方されたら誰だって苛つくとは思うけどさ。


 まだ二回しか会ってないし、ちゃんと話したのは一度きり。でも、こんな風にトゲトゲしい人じゃなかったのに。

 ただ言い方の問題でこうはならないだろうし。二人の間になにがあったんだよ。


「二人とも、国王陛下の前ですよ」


「へいへい」


「はーい」


 ジャスミルおじいちゃんの仲裁に、二人はなんとか矛を収める。そうだよな、王様もこの場にいるんだよな……よくあんな言い合いができるよな。

 ただ、王様はその様子を注意もせずに見ていた。まるで、いつもの光景だと言わんばかり。


 場が静かになったことで、マーチさんはコホン、とわざとらしく咳払いをしてみせる。


「あの魔獣を倒して運んできてくれたエランちゃんはもちろん、その後この場にいるみんなには魔獣の姿を確認してもらってるよ。覚えてるよね?」


「あのような印象強い獣、早々忘れることはできないでしょうな」


「檻の中でキャンキャン吠えてるのは傑作だったな」


 獣を捕まえてから、この数日の間にここにいる人たちには獣を見せたのか。ゴルさんたち、そうならそうと言ってくれたらいいのに。

 初めて会う二人の反応は、やっぱり対称的だ。


 そこで、アルミルおじいちゃんが手を上げる。


「しかし、リベリアン殿。あの獣を魔獣と断ずる根拠とは?」


「魔獣っても、あんな白いの見たことないぞ。

 ……あー、こないだ王都で暴れたってのが、白い魔獣だったっけか」


 気になっているのは、あの獣を魔獣だと断定していること。マーチさんがそう言ったのなら、実際にあれは魔獣なのだろう。

 でも、魔獣にしてはこれまで見たものとだいぶ違う気がする。というか違う。


 他のみんなも同じ意見らしいけど……あれを魔獣と断定した本人は、首を振る。


「確かに、真っ白な魔獣というのはこれまで見たことがない。それに、エランちゃんの話を又聞きした形だけど、あの魔獣には魔獣が通用せず、魔法を吸収した……そうだよね?」


「うん」


「そんな特徴の魔獣は、見たことがないけど……以前王都に出現した魔獣も、真っ白な体だったって話だし、解剖していろいろ調べた結果、体内組織は魔獣と同じであることがわかった」


 解剖、とわりと怖いことをさらっと言った気がするけど、とりあえずそこは聞き流しておこう。

 調べたとは言っていたけど、まさか体の中まで調べていたとは。その結果が、これまでに見てきた魔獣と同じだった、と。


 ……あれは魔獣、なのか。


「なら、あの獣……いや魔獣は、"上位種"ということか?」


 話を聞いて、ゴルさんが口を挟む。

 魔獣の中にも、位がある。"上位種"と呼ばれる魔獣は言葉を喋ることができ、それは以前ルリーちゃんを襲いに学園に現れたやつだ。


 結果として、あれを学園に放ったのはルランだってわかったけど……それと、同じタイプか?

 ちなみに、喋るとは言っても人間の言葉を覚えて真似しているだけで、自分でもなにを喋っているのか内容は理解していない。


 そんなゴルさんの質問に、マーチさんは首を振る。


「いんや。あれは、"上位種"なんてもんじゃない……それよりもっと、とんでもない化け物だよ」


 "上位種"よりも、遥かに上の存在だと……そう、言い切ったのだ。

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