第275話 不自然な出来事
「……なに、どうなってんの?」
私は、自分の右腕に触れる。触ろうとしたけど、透けて通り抜けてしまう……なんてことはなかった。これは、ちゃんと"ある"ものだから。
でも、私はさっき、確かに右腕を千切られたのに……どうして、右腕があるんだ?
回復魔術は使っていない。そもそも、回復魔術であってもなくなった体の一部を生やす、なんてことはできない。師匠でさえ、そんなことはできない。
しかも、だ。
「杖も……"賢者の石"も、ある」
右手に握られている魔導の杖は、さっき腕を食い千切られた際に、右手に持っていたもの。つまり、右腕と一緒に持っていかれたものだ。
右腕が生えてきただけなら、まあ……わか、ることはないけど、まあわかる。
でも、杖まで元に戻っているのは、どういうことだ。魔導の杖は、一見すると誰が誰のものかわからないかもしれない……でも、私が師匠からもらったものを見間違えるなんてありえない。
この"賢者の石"もそうだ。この魔導具は、『国宝』と呼ばれている……希少なものだ。それを、私は二つと持っていない。
なのに……
「ガァア!」
「!」
いろいろわけわかんないことばかりだけど、考えるのは後だ! 今は獣をどうにかしないと!
獣の火炎放射。防いでばっかじゃらちが明かない、こっちからも攻撃しないと!
時間にしてみれば、手から離れていた時間は僅かしかないし、普段の生活でも杖を触らない時間の方が多い時もある。
でも、師匠からもらったこの杖は、今までずっと私と共にあった。腕と一緒に、離れてしまったのが、なんだかとても長く思えた。
迫る炎に、杖を向ける。"賢者の石"もある、魔力を底上げすれば、火炎放射を打ち破って獣へ攻撃することも……
「あれ……?」
なんか今、不思議な感覚がした。こう、魔力を杖の先に集中させるときに……自分が思った以上の力が、込められたというか。
私は、迫る火炎放射に対して水の塊をぶつける。さっき、水の壁に閉じ込めた獣は水を蒸発させた……並の熱ではない。
そのはずなのに……
「ぁ……」
放った水の塊は、火炎放射とぶつかり、拮抗……することはなく、まるでそこに障害など存在しないかのように、火炎放射を撃ち抜いていく。
そのまま、水の塊は獣に衝突……また魔法を吸収されるのかとも思ったけど、どうにも様子がおかしい。
赤くなっていた体は真っ白に戻り、息も荒くすでに疲労困憊といった様子だった。今の魔法攻撃が、それほどに効いたのだろうか?
「ガッ、ゥ……ゴボァ!」
「うわっ」
ひとしきり苦しんだ後、獣は大量の水を吐き出した。今の衝撃で、口の中に入ってしまったのだろう。
もしかして、体内への攻撃には抵抗があるのか? 外側よりも、内側が弱いのはほとんどの生物に通じるものがあるけど。
今の魔法は、自分でも驚くくらいの威力が出た。
けれど、まだ獣は私を敵と定め、苦しそうにしながらも唸っている。すさまじい戦闘本能だ……でも、いいよ。とことんやりあってや……
「
「!?」
その瞬間、天がぴかっと光ったかと思えば、雷鳴がとどろき……天から、青きなにかが、落ちてきた。なにかは、雷だ……雷が、獣の体に直撃した。
それは、自然現象ではない。だって、こんなに晴れているし……なにより、聞こえたのは魔術の名だ。
雷が飛来し、獣は声を上げることもできずに倒れた。真っ白な体は黒焦げ……さっき水浸しになっていた分、電気がよく通ったのだろう。
今のは、魔術だ。それもかなり強力な。一体誰が……
「大丈夫!? キミがエランちゃんね!」
ふと、私の名前を呼ぶ声がした。私の名前を呼んだってことは、その前の大丈夫、とは私に対してだろう。
そこには、魔導の杖を構える、一人の女性が立っていた。
「わ……」
思わず、声が漏れた。だって、その人はとてもきれいだったから。
腰まで伸びた白髪を、後ろで一本にまとめている。肌も白いし、なんか触れることもためらうくらいにきれいだ。なんか、ガルデさんと似たような……というか、冒険者っぽい服を着ている。
でも、誰だろう。こんなきれいな人、一度会ったら忘れないと思うけど。
「お、いたいた! エランちゃん!」
「あ、ガルデさん!」
白い人の後ろから手を振るのは、ガルデさんだった。こっちに、駆け寄ってくる。
白い人も同様に、でも獣を警戒しながら、向かってくる。
「ガルデさん、どうして……」
「言ったろ、すぐ戻るって。ま、ヒーダを運んだ後に俺たちだけ戻ってもエランちゃんの役には立たないだろうから、助っ人を連れてきたんだ」
「ヒーダさん……そうだ、ヒーダさんは!」
「落ち着いて。あいつはケルに任せてある。今頃治療してもらっているはずだ」
ヒーダさんの負傷で、ガルデさんとケルさんはここを離れた。そして、ヒーダさんを安全な場所に移動させてから、ガルデさんが助っ人を連れて戻ってきてくれたというわけだ。
なんにせよ、これでヒーダさんのことは大丈夫だ。ケルさんも側にいるし、向こうにも状況は伝わっているだろう。
と、なると……
「さっきは、ありがとうございました」
ガルデさんが連れてきてくれた、助っ人だろう彼女にお礼を言う。
彼女も魔導士なのか……あの魔術のおかげで、獣を倒すことができた……
……あれ? 魔術?
「いや、礼など不要だ。むしろ、私の助力など必要なかっただろう」
私のお礼を、爽やかに受け取っている。なんか、ナタリアちゃんとはまた違った喋り方で、かっこいいな。
「私は、フェルニンと言う。このバカとは、まあ腐れ縁みたいなもので……冒険者だ」
「おい、誰がバカだ誰が」
礼儀正しく名乗ってくれた白い人、いやフェルニンさんは、ガルデさんを指して腐れ縁だという。それに、冒険者なのだとも。
冒険者の魔導士は少ないって話だったけど……二人が腐れ縁のおかげで、助っ人に来てくれたってとこかな。
それは、とてもありがたい、のだけど……
「あの……フェルニンさん、さっきの、魔術、ですよね?」
「ん? あぁ、一応な。まだまだ鍛錬が足らない」
照れくさそうに、鍛錬が足らないというその姿は、真面目な人なんだなというのがわかる。
あの魔術は、たいしたものだった。うぬぼれないのは、いいことだ。でも、私が気になったのはそこじゃなくて……
……私は、魔術を使えなかったのに。どうして、フェルニンさんは、使えたんだ?
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