第265話 自分を殺そうとした相手



 地下牢に捕らえられているレジー。これまで、なにを聞いても口を開くことはなかった。

 そこで、私が呼ばれたのだ。私なら、なんとかできると思って。


 なんせ、レジーには『絶対服従』の魔法をかけてある。私の意思には、逆らえないはずだ。


「あんまり長居したい場所じゃないから、手っ取り早くいこう。

 なんで、聞かれたことに答えないの」


「……答えたところで、アタシにメリットはない。

 それに、必要な情報を聞いたら後は殺されるだけだ。殺されるってわかってて、誰が話すかよ」


「……」


 なるほど……話したら殺される、か。

 『絶対服従』の魔法は強力だ。術者の意思にはほとんど逆らえないけど……術者以外の相手には効果がないのと、もう一つ。本人の強い意思があれば通用しない。


 強い意思って言っても、ただ嫌だと考えるだけでこの魔法を防げるものじゃない。それはたとえば、強迫観念……

 これをしたら、死んでしまう……死の恐怖という、生物の本能的な反応。それは、時にあらゆる魔法を跳ね返す。


 平然としているように見えて、レジーにもちゃんと、死への恐怖がある……ってことなのか。


「別に、なにを聞いたからって殺さないよ……」


「うそだろ」


「うん、うそ」


 レジーがしたことを思えば、とても許されるものじゃない。私にとっては、ノマちゃんをあんな目に遭わせた時点で万死に値すると思っているけど……

 そうでなくても、実際に一人殺している。ダンジョンの人だ。


 ……なら、それとは比べられないほどの数を殺したルランの罪は、いったいどうなるんだろう。


「実際、彼女の処罰はどのようになるんですの?」


「ま、死刑は免れないでしょうな。ただ、なんの情報も引き出さずに処刑することもまたできはしない……

 なのでこうして、仕方なしに生かしている状態です」


「ジャス爺しんらつー」


 このままでは、ルランの起こした事件の罪も全部被ることになる。それも含めれば、おじいちゃんの言うように死刑は免れない。

 ならば、せめて自分の起こした事件じゃないものは、そう証言すればいいのに。なぜそうしないのか。


 それとも……それは意味がない、と思っているのか。


「ダークエルフに罪を被せても、誰にも信じてもらえないから……」


 私は、口の中で小さく呟いた。

 ダークエルフという存在は、世間から嫌われている。そんな存在が今回の事件を起こしたのだと叫んでも、実物がいなければ信じてもらえないのがオチだ。


 この世界には、あの悪い出来事はダークエルフのせいだ、とダークエルフにあらぬ罪を被せてきた事件がたくさんあると聞いたことがある。

 だからこそ、下手にだからこその名前を出せば、罪から逃れたいために嘘の証言をしているのだと、思われてしまう。


「……わたくしのこと、覚えていますか?」


「ノマちゃん?」


 魔法をかけている私なら、なんとかできると思ったけど、本能的な恐怖がレジーにある以上望んだ答えは得られない……そう、思っていた時。

 私の後ろに立っていたノマちゃんが、一歩、また一歩と、前に出た。


 その瞳は、まっすぐと檻の中の、レジーに……自分を殺そうとした人間に、向いていた。


「……あぁ、誰かと思えば、アタシが魔石を突っ込んだ奴じゃねぇか。

 どうだ、魔石の味は。うまかったか?」


「! お前……!」


 ふふ、とまるで、こちらをバカにしたような笑い方に、そしてその言葉の内容に、私は全身の血が熱くなるのを感じた。

 思わず足を進めようとする、けど……他ならぬノマちゃんに、止められた。


 私の前に腕を伸ばして、目で「大丈夫ですわ」と訴えてきた。


「そうですわね、残念ながら美味とは言えませんでしたわ。お次はもっと美味なものを頂きたいですわね。

 これでもわたくし、味にはうるさいですのよ?」


「……そうかよ」


 レジーの皮肉を正面から受けて、けれどノマちゃんは怯まない。その様子に、レジーのほうがバツの悪そうな顔になっている。

 おぉ、ノマちゃん強いな。


 自分を殺そうとした相手だ。いくら冷静を装おうとしても、腸が煮えくり返ってもおかしくないだろうに。


「一応聞いてみるけど、ノマちゃんはレジーと面識はないんだよね?」


「えぇ。あのときが初対面ですわ。

 フィールドさんの帰りを待っていたら、いきなり部屋の中に入ってきて……そういえば、当日の朝わたくし、記憶が曖昧なのですよね」


 ノマちゃんとレジーは、当然ながら初対面……嘘をついているとは思えないし、そもそも理由がない。

 その最中に、思い出すのはノマちゃんの朝からの異変。


 あの日は、珍しく……ノマちゃんとは別行動だった。いつもは一緒に登校するのに、用事があるからとノマちゃんとは別行動になった。

 ただ、なぜそのような行動に出たのか……ノマちゃん自身、記憶が曖昧なのだという。


「それって、思い出せないままなの?」


「えぇ。検査でも、なにもわからず……」


 異常なしとされた検査結果だけど、わからないこともまだ多い。単にノマちゃんが忘れてしまっているだけなのか、それとも……

 ただ、いつもとは違った行動を取ったその日に、事件が起きた。偶然とは思えない。


 もっと尖った見方をするなら、ノマちゃんを一人にするために、予めレジーがなにかを仕掛けた……という線も考えられるけど。

 それはさすがに、考えすぎだろう。

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