第264話 捕らわれのレジー



「うわぁ、薄暗いねぇ」


「地下だからねー。明かりを灯す魔石が設置されているから、完全な暗闇ではないけど」


「お、王城の地下にこんなところが」


 レジーに話を聞くために、私たちは今、王城の地下へと降りていた。

 王の間をでてから、地下へと続く通路を通っている。階段を一歩一歩降りる度に、肌寒く感じるのは気のせいだろうか。


 石造りの通路は、人が二人並んだらいっぱいになってしまうほどの広さで、私たちは並んで歩いている。

 私の後ろに、コロニアちゃん、その後ろである最後尾にノマちゃん。


 そして、私の前……先頭を歩くのが、王様の秘書的な立場のジャスミルのおじいちゃんだ。


「魔石の明かりで足下は見えるでしょうが、それでもご用心を」


 足取りに不安が見えないおじいちゃんは、何度もこの通路を通っているのだろうか。それでも、私たちに会わせて歩幅を合わせてくれている。

 最初は、レジーの所へは私一人で行くつもりだった。だけど、当然レジーがどこにいるかはわからない。そこで、案内役として名乗りを上げたのがおじいちゃんだった。


 それから、改めてレジーに当時のことを聞くために、ノマちゃんを同行。コロニアちゃんは、なんか面白そう……って理由で着いてきた。

 まあそれは建前で、本当はひと目見ておきたかったみたいだ。学園で事件を起こし……友達を傷つけた奴を。



『エフィーちゃんの友達は、私の友達だよー』


『え、えぇ!?』


『だめ?』


『い、いえその……だめでは、ないですけど……』



 ……これが、ほんの数分前の出来事だ。

 なんというか、コロニアちゃんはコロニアちゃんのペースがすごい。


「この先です」


 さて、階段を降りると、続くのは一直線の道。左右は石造りの壁だけ……というわけではない。

 確認すると、ところどころ牢屋になっているみたいだ。中には誰も入っていないけど、一つや二つなんかじゃない。


 これが、地下牢……文字通り、地下にある牢屋か。

 罪を犯した人間は、この牢屋に入れられるわけだ。そして、レジーもこの中に……


「ねえジャス爺、まだー?」


「もう少しです。というか、姫様は来られなくても良かったのですが……」


「言ったでしょ、お友達を傷つけたやつの顔見ときたいの」


「言葉遣いが乱暴ですよ」


 長い通路に文句を垂れるコロニアちゃん、そんな彼女を宥めるおじいちゃん。

 本当は、コロニアちゃんは着いてこないでもいいという話だったんだけど……本人の強い希望で、ここにいる。


 王様も最初は反対したけど、最終的には許可した。あの人、案外娘に弱いんだなと思った。


「……ぁ」


「んん?」


 ふと、おじいちゃんの足が止まる。それに従って、私たちの足も止まった。

 そして、聞こえるのは……怪訝そうな声。私のものでも、ノマちゃんでもコロニアちゃんでも、おじいちゃんでもない。


 その声は、正面にある……檻の中から聞こえた。

 いつの間にか私たちは、通路の突き当たりにまで来ていた。地下通路の一番奥……その檻に、彼女は……


「あぁー? ……なぁんだ、懐かしい顔じゃねえか」


 レジーは、いた。


 彼女は私たちの……いや、私の顔を見て、にやりと笑みを浮かべていた。

 檻の外側には、ほんの少しのパン。手を伸ばせば、柵の間から取れるだろう。でも、口をつけていないようだ。


 捕らえられてから、食事を取っていない……それを証明するように、レジーの頬は、以前より痩せこけているように見えた。


「レジー」


「よーぉ、まさか会いに来てくれるとは思わなかったよ」


 薄暗い空間は、魔石によりほんのりと明るい。だから、レジーの姿もよくわかった。

 手には手錠、足には足枷がつけられていて、簡単には逃げられないようになっている。それに、ここは地下だ。以前のように魔獣を召喚しようとしても、うまくはいかないだろう。


 もっとも、若干サビの見える手錠は、魔力で力を込めれば簡単に壊せてしまいそうに感じるけど……


「あれは、魔力封じの魔導具。いかな魔法も魔術も、使えません」


 私の疑問を感じ取ってくれたのか、おじいちゃんが口を開いた。

 レジーを拘束している手錠は、魔力封じの魔導具だと。それは、言葉通りの意味だろう。魔力を封じるもの。


 そのおかげで、手錠をつけられている人は魔力を使えない。魔力が使えなければ、魔法も魔術も使えない。

 自分で行動を起こすことも、なにかを召喚することも、できないってわけだ。


「でも、魔力を使わなくても強い場合もあるんじゃない?」


「その心配も御無用。あの足枷は、つけられている者の力を吸い取る魔導具。今のこの女に、抵抗する力すら残ってはいません。

 それに、万が一檻を破って逃げたときは、即座にそれが伝わるようになっています」


 魔力封じに加えて、力を吸い取る魔導具か……徹底してるな。当然か。

 それに、逃げられたとしてもその対策は万全だ、と。


 これだけの備えがあれば、見張りも一人で充分ってことか。


「どうです、状況は」


「ジャスミル様。なにも、変わりはありません。ご覧のように、食事にも手を付けず」


「……そうですか」


 檻の前に立つ一人の兵士さんが言うには、やっぱりレジーはなにも食べないしなにも話さないらしい。

 なにを話しかけても、反応を見せない。だけど、ずっとそういうわけにもいかない。


 レジーの口を開かせる。そのために、私はここへ来たんだ。

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