第257話 種族でなく個人を見てほしい
エルフ……いや、ウーラスト・ジル・フィールド先生との勝負に負けた私は、教室に戻るみんなの後をついて歩いていた。
正しくは先生でなくて教育実習生ってやつらしいけど、もはや私にとってはどうでもいい。
……はぁ、負けちゃったんだよね。
「エランちゃん、大丈夫?」
「クレアちゃん……うん、大丈夫大丈夫」
歩いている最中、クレアちゃんが私を気にしてくれて話しかけてくれた。他のみんなは、私に気を遣っているのか、遠目に見ているだけだったけど。
その気遣いが、嬉しくも少しつらい。
なので、こうして話しかけてくれるクレアちゃんには救われる。
「それにしても、すごかったわね。エランちゃんがなにもできずに、あっさりと背後を取られるなんて」
「……やっぱり救われないかもしれない」
「?」
事実ではあるんだけど、クレアちゃん、私のことバッサリだ。
まあ見ている側だと、そういう見え方になっちゃうよなぁ。私はなにもできずに、やられてしまったんだ。いや、事実なんだけど。
その後教室に戻ってからは、ウーラスト先生への質問が殺到した。
好きな食べ物はなんですかというかるーいものから、エルフなのになんで学園の教師を目指しているのかという踏み込んだものまで。
そのすべてに、ウーラスト先生は丁寧に答えていき……そうしている間に、時間はあっという間に過ぎていった…………
「……はぁ、「ドラゴ」クラスに新任の教育実習生が来た、とかなんとか、話は聞いていたけど……まさかそんなことになっていたとはね」
「相変わらずめちゃくちゃですねエランさん。そこが素敵ですが」
そして今は、お昼休み。学食で、いつものメンバーで食事を取っている。
私とクレアちゃん、そこにルリーちゃんとナタリアちゃん。いつもならノマちゃんもいるけど、今はまだ休んでいるから、この場にはいない。
今日あった出来事を、軽くクレアちゃんが説明してくれた。それに対して、二人とも驚いているようだった。
「めちゃくちゃって……別に、普通……じゃない、かな」
「普通は、今日来たばかりの先生に勝負を挑んだりはしないよ」
ナタリアちゃんに、諭すように言われた。
「それは、うん、そうなんだけど……師匠の弟子だって言うから、つい……」
「その……グレイシア様のお弟子さんって、本当に?」
「だと思う。というか、間違いないかな」
ああして戦ってみて、わかった。あの人も、師匠の弟子なのだと。
それを口で説明するのは、難しい。多分、師匠の弟子である私だから、同じ師匠の弟子である相手だとわかったんだと思う。
うーん……そうなると、師匠のことを語れる相手ができたってことだよな。それってかなり、素敵なことじゃないだろうか。
「それで……エルフであるその先生がこの学園に来た、その理由はなんだったんだい?」
お茶を飲み、喉を潤したナタリアちゃんは気になっていたであろうことを聞いてくる。チラッと、ルリーちゃんを気にしながら。
ダークエルフであるルリーちゃんが、一番気になっているかもしれない。エルフとダークエルフは、似ているようで異なっている存在だから。
ダークエルフは……あんまり思い出したくないけど、入学前にダルマスたちがルリーちゃんに対してやっていたことが全てだろう。ダークエルフは、みんなに嫌われている。
一方、エルフはダークエルフが嫌われている影響を受けてしまっている。同じエルフ族という括りだけで。
そのエルフは、師匠のあちこちでの活躍により、当たりがだいぶ和らいではいるみたいだ。
それでも、この国でエルフを見かけることはなかったけど。
「それなんだけど……」
『エルフが他の種族から嫌われていることは知っている。でも、それを甘んじて受け入れたくはないんだ。
エルフという種族ではなく、オレオレという個人を見てほしい』
「……って言ってた」
「なるほど……種族でなく、個人を見てほしい、か」
エルフは、ダークエルフとは違って直接的に、他の種族になにかしたわけではない。だから、必要以上に嫌われはしないけど、だからといって好かれてはいない。
そんな、種族の問題で自分という個人を判断されるのはたまらない。
それが、ウーラスト先生の言葉だ。
「いいこと言うじゃないか」
「だよね! 種族じゃなく個人を見る……そうすれば、エルフやダークエルフの中にも、いい人が居るって言うのはみんなに伝わると……」
「それはないわね」
ウーラスト先生の目論見がうまくいけば、みんな相手を種族ではなく、個人で見ることとなる。そうすれば、ルリーちゃんのことも、一ダークエルフじゃなく一人の人間として見てもらえるのではないか。
そう、思って……だけど、その言葉は、ばっさりと切られた。
クレアちゃんにだ。
「く、クレアちゃん?」
「エルフのことは、グレイシア・フィールドがいろいろとすごい人だから、あんまり悪い種族じゃないのかも……とは思ってる。
でも、ダークエルフはそうじゃない」
「!」
「私みたいな子供でも知ってるんだもの、ダークエルフがどれだけのことをしたのか。そんなのと、わかり合えるとは思えないわ」
それは、真っ直ぐな拒絶だった……ダークエルフに対する嫌悪を、隠すこともなく。
それを聞いて、ルリーちゃんはどう思っただろう。彼女の表情を確認するのが、怖い。
ダークエルフがしてきたのは、遥か昔のこと。それを今生きてる私たちが実際に知っているはずもないが……
ダークエルフがそういう存在だと、教えられて育ってきたのだ。
でも、クレアちゃんならきっと、話せばわかってくれるはず。ダークエルフだからって嫌悪せずに、ダークエルフという個人を見てくれさえすれば……
ルリーちゃんと仲良くしているクレアちゃんなら……
「やあやあ、面白そうな話をしてるね。
失礼、オレオレも昼食に混ぜてくれないかな」
「! う、ウーラスト先生!?」
「先生はまだ気が早いよー」
ふと、軽い口調で声がかけられた。
いつの間にそこにいたのだろう。
爽やかな笑顔を浮かべた、ウーラスト先生が背後に立っていた。
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