第256話 未熟な私
『キミには魔導の才がある。
圧倒的に足りないものがある。
……経験だ』
……その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。それは、いつだったか誰かに言われたものと、同じような言葉だったからだ。
そしてそれが、いつ誰にであったか、考えるまでもなく……思い出す。
『対人との戦闘経験が乏しい……といったところか。おそらく、魔物や魔獣とはそれなりの場数を踏んできた。
だが、人相手に……戦闘の経験は、少ないのではないか?』
私にとっては、印象に残る出来事だったからだろうか。それが、ゴルさんに言われたことであると、すぐに思い出した。
経験がない……それは、事実だった。
師匠と、十年を共に過ごしてきた私は、モンスターや魔物を除けば、人相手に訓練したことがあるのは師匠相手しかいない。
もちろん、師匠との訓練は私にとって、すごいためになるものだったけど。
それでも、経験というものは……師匠一人相手だけだと、なかなか積み重ねられるものではない。
「……っ」
この学園に来て、いやゴルさんとの決闘から、いろんな人と訓練をしてみたり、授業に取り組んできたりはしたけど。
そんな短期間で、経験を多くは積み重ねられないらしい。しかも相手は、長寿のエルフだ。
ただでさえ、人間とエルフとでは経験の差があるというのに、私は……
「そこまで!」
そこに、審判である先生の声が響いた。
私は、まだ戦える……とは言えるけど。それは、体がまだ動く、魔力はまだ残っている、という意味だ。
背後を取られ、杖を突き付けられた時点で……これが実戦なら、私は死んでいる。
「この勝負、ウーラスト・ジル・フィールドの勝ちだ。
……実力を見るのは、私も久しぶりだが。見事なものだな」
「いやいやいやいや、運がよかっただけっすよ。まっ、幕切れは呆気なかったっすがねぇ」
「……」
いちいち癇に障るけど……それは事実だから、なにも言えない。
魔法も魔術も通じずに、あんな簡単に背中を取られて……勝負の前は、あんなに自信満々だったのに。
それが、あれだけの攻防で見事に、プライド的なものが打ち砕かれた。
力の差がある者同士の勝負は、いい勝負、にすらなりはしない。この勝負が、いい例だ。
私は……この人より、ずっと弱い。
「ちょっとちょっとー、なんか反応してくれないと、オレオレがただの性格悪い奴みたいになっちゃうじゃん。
言霊使うのはずるいーとか、いろいろあんじゃん?」
「……負けたのは、事実だし。……ですし」
さすがに、ここでなにか言い返すほど私の神経は太くない。
確かに、私のよく知らない言霊ってやつの影響は大きかったけど。私だって、気づいてなかったとはいえ、魔導具持ち込んでたんだし。
それに、私は最初決闘のつもりだった。決闘なら、相手が自分の知らない技術を使ってきても、それが卑怯だとは言えないし。
「フィールド、気は済んだか?」
「…………はい」
はぁ、なにやってるんだろ私……なんかいきなり現れた変なエルフが、師匠の弟子を名乗ったからって、それでムキになって……
言い訳するわけじゃないけど、それが原因で熱くなって冷静に相手を見れてなかった。結果として、あんな散々な結果になってしまった。
実力以上に、精神面が、未熟だった。
「いやぁ、そんな落ち込みなさんな! 人間で、それもそれもその年であれだけの魔力、将来有望だよ! あははは!」
バンバン、と私の肩を叩いてくるこのエルフは、やっぱりちょっと気にくわないけど。
「とはいえ、これで少しはすっきりしてくれたら嬉しいかな」
「……師匠の弟子だと疑ってたことは、謝る。……ります」
この人はこんなだけど、ちゃんと私に向き合って相手をしてくれた。それに、精霊さんも……この人には、悪印象を持っていないようだ。
きっと、師匠の弟子だっていうのも嘘じゃない。本当は、師匠に出てきてもらって、自分の弟子だって証明してもらえば一番いいんだけど。
師匠が今どこに居るのかもわからないのに、そりゃ無理か。
「まあまあ、それはお互い様ってことで。
オレオレも正直、グレイ師匠の名を騙る不届きな人間がいるんかって疑ってたわけだし!」
「……」
私も、師匠の弟子だって疑われていたのか……いや、それは当然かも。ある意味、この人より疑わしいのは私かもしれない。
エルフがエルフの弟子なのはわかるけど、人間がエルフの弟子なんて……なにも知らない人が聞いたら、疑いたくなる要素しかないもんね。
この人から見れば、私の方がよっぽど疑わしかったってことだ。
「でもま、それはオレオレの考え過ぎだったみたいだ」
「……というと?」
「キミも、グレイ師匠の下で過ごしたんだって、わかったってこと」
……これまでのやり取りで、私が師匠の弟子だって確信したっていうのか? いったい、どのタイミングで?
わからない、けど……
「キミは、少しグレイ師匠と似てるとこがある」
「! 師匠と?」
「そ」
師匠と似ている……その言葉は、これまでに貰ったどんな言葉よりも、嬉しかった。
そうか、そうか……私、師匠と似ているのか!
なんか、嬉しいかも……!
「さっきまで落ち込んでたっぽいのに、ちょろいなー」
「! なっ……まさか、今の嘘!?」
「さてさて、どうだかね」
「おいお前ら、教室に戻るぞ」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ私たち……というか私を制するように、先生が手を叩く。そこで私は、ようやくみんなの方へと目を向けた。
みんな、驚いた様子で私たちを見ているようだった。いったい、なにを思っているんだろう。
ゴルさんに続いて、負け続きだから……みんな、私のことがっかりしているのかもしれないなぁ。
「はぁ」
「なんだなんだ、ため息ついてると幸せが逃げるぞ」
「……ご忠告どうも」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます